心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
ブログのプロフィール
〈管理人名〉 O-bake
〈趣味〉 創作とクラシック音楽
〈主な内容〉
創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで
〈お願い〉
時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。
〈連絡先〉
管理人へのメッセージは、こちらのフォームからどうぞ
〈本家ブログ〉
びおら弾きの微妙にズレた日々
(一方通行です)
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「手をつけました」と宣言してからはや一ヶ月。この一ヶ月、いろいろありましたよ、もう。(遠い目)
満開の桜に合わせて、花見小話をアップです。
今年は少々ひねりました。基本的に甘い話です。
満開の桜に合わせて、花見小話をアップです。
今年は少々ひねりました。基本的に甘い話です。
Shall we make merry?
風がいつになく強かった。防塵コートのすそがバタバタとはためき、細かい砂塵のせいで目がかゆくなる。
「今日はこれが限界だな」
然也は肩をすくめてドームの中に戻る。今朝の散歩は打ち切りだ。だが、悪い気はしていなかった。この日の風は季節の変わり目をはっきりと告げていたからだった。身体の中に冷たい芯が通るような、一種心地よい緊張感にをもたらす風にかわって、陽気で少しばかり力任せに暴れる春の風が訪れたのだった。
その日はドームの気候もはっきりと春を告げていた。道を歩けば温い風が吹きつけ、工房で作業していると、気づかないうちにセーターの腕をまくっている。
「なんか急に春って感じですね」
然也が工房の中庭で休憩していると、仕事仲間の大山桂介が冷たいお茶を手にやってきた。然也の一年後に入ってきた、言わば後輩だった。
「三日もたてば冬に逆戻りなんだろうけどな」
「でも、嬉しいじゃないですか。芽吹きの季節というか、こう、身体の中から力が湧いてくるみたいで」
桂介は正面に植えてあるポプラの木を見上げた。いつの間に新芽が出たのか、枝の先々が柔らかな黄緑色に染まっている。
「それに桜の季節も近いし」
「花見の季節か」
然也はため息まじりにつぶやいた。
「俺は楽しみですよ。日本に生まれてよかったと思いません?」
「まあ……な」
日本人が花見と称して野外で宴会を繰り広げる習慣は、ドームで暮らすようになってからも変わらない。然也だって、毎年その時期にはオカリナ工房の仲間につきあって宴会に加わる。それはそれで楽しいのだが、その後ひどく疲れるのも事実だ。もっとも二日酔いで悩まされるから、という話もある。
「しかし、桜以外に見る花はないのかね」
「ああ、ありますよ」
桂介はいともあっさりと言った。
「花屋に置いてあるような、ビオラだのチューリップだのって言うなよ」
「然さん、桃の花って見たことあります?」
桃……。桃の節句という言葉は知っていたが、花が咲いているところを見た覚えはない。
「綺麗なのか?」
桂介は待っていましたとばかりに、笑みを浮かべた。
「良かったら見に来ません? うちの実家、農園ドームで果樹園をやってるんです」
「へぇ」
然也は両手を頭の後ろで組み、空を見上げた。桃香を誘ったら来てくれるだろうか?
4月最初の日曜日、午後1時。
然也は自然公園の前で桃香たちを待っている。公園の中の桜は満開で、その下には無粋にも場所取り用のシートがいくつも広げられているが、彼はそんなものには用がないとばかり、桜並木に背を向けて立つ。
ほどなくあの姉妹の姿が見えた。妹の方が先に駆け出してきた。彼は二人に合図をして循環バスの乗り場へ足を向ける。
「どこいくの? 桜ならあの公園が一番きれいなのに」
杏樹が不思議そうにたずねる。
「オレは花見だとは言ったが、桜を見るとは言ってないぞ」
「なにそれ! 花見なら桜にきまってるじゃないの」
「そうでもない。平安時代は花見といえば梅に決まってた」
「ああもう! 然さんの意地悪」
杏樹がふくれる。桃香は可笑しそうに微笑んだ。
「今日はちょっとしたミステリーツアーかしらね」
「ま、お楽しみに」
三人がバスを下りたのはとある農園ドームだった。この時代、野菜はほとんど工場で作られていたが、果樹はそういうわけにゆかず、こうして場所をとって土から育てるしかなかった。その分、本物の果物は高級食材だ。
ドームの一角に、ピンク色の花を枝一面につけた木が整然と並ぶ場所があった。その風景を目にした然也は息をのんだ。その木にははっきりと見覚えがあったのだった。どこで見たかははっきり言えないが、確かに覚えている。
桃は、満開でも桜のように強烈な生命力を漂わせることなく、むしろ清冽さを放っていた。
一番最初に歓声をあげたのは予想通り杏樹だった。
「うわぁ。きれい……。でも桜じゃないよね」
桃香は目を丸くして立ち尽くす。
「これ、全部桃の花?」
「その通り」
それから目を輝かせ、満面に笑みを浮かべた。その笑顔を見るだけでここに来た甲斐があったと然也は思う。
果樹園を見渡すと、受粉作業で忙しそうに立ち働く人々が見える。その中に桂介もいた。目が合うと、彼は手を振り駆け寄ってきた。
「どうです? 見事なもんでしょ」
「たいしたもんだ。でもいいのか? ここは行楽地じゃないんだろ。作業中みたいだし」
「然さんたちが花見をするぐらい、大丈夫ですよ。それに桃の花だって人に愛でてもらった方が気分よく散ってゆけますって。あ、もちろん桜みたいにはらはらと散らないんですけど」
桂介はオカリナ工房で働いてはいるが、休みの日はこうして実家の仕事を手伝っている。それを聞いた杏樹はすっかり感心したらしい。
「なんか、社会人のかがみだよね」
すると、桂介は
「木の世話に日曜日なんてないですもん。それだけですって」
と照れくさそうに笑った。するとただでさえ細い目が消えそうになった。
「え、この方が演奏会の時にクッキーを差し入れてくれたんですか!」
桃の木に囲まれた場所にシートを広げ、のんびりとくつろぎかけた時だった。桃香の話を聞いた桂介は、あわてて何度もお礼を言っては頭を下げた。
「あれ、本当に美味かったんです」
「生憎オレは味見すらできなかったが」
然也の声は本人が思う以上にトゲが入っていたりする。
「す、すみません」
桂介はあわてて頭を下げる方向を変えた。杏樹があきれた。
「然さんたら、大人気ないなぁ。クッキーぐらいで拗ねなくてもいいじゃない」
「知らないのか? 食い物の恨みは恐ろしいんだぞ」
「心配しないで。今日はたっぷり用意してきたんだから」
と、桃香は手際よくお茶と焼き菓子を出した。然也が手を伸ばした瞬間、
「ねえ、今日は吹かないの?」
杏樹がいきなり然也の顔をのぞきこんだ。目が悪戯っぽく光っている。こいつわざとだな、と思いつつ然也はぶっきらぼうに答えた。
「吹くって、何を」
「もちろんオカリナに決まってるじゃない」
「ああ、俺も聞きたいです。然さんの音は、俺も本当に好きなんですよ」
桂介の方は素でそう思っているらしい。桃香はと言えば、笑いをこらえている。
「あーもう、しょうがないな」
彼はいつも持ち歩いているオカリナを取り出した。
「お、さすがですね。いつでも笛を持ってるなんて」
「いつでもってわけじゃないさ」
ただ、今日はなんとなくこうなる予感がしただけだった。桃香と会えるとわかっていたからかもしれない。
「で、どんな曲がいいんだ?」
それから約一時間、然也は皆のリクエストに応えて何曲も吹く羽目になった。「皆」というのは、杏樹や桂介だけでなく、果樹園で仕事をしていた妙齢の女性陣をも含む。
彼の音は風に乗って仕事中の彼女たちのところまで届き、彼女たちはその音色に惹かれて集まってきたのだった。そして遠慮も容赦もなく、然也の演奏を珍しがり、誉めまくっては次から次へと曲をねだった。
「あらやだ、もうこんな時間? すっかりさぼっちゃったわね」
「今日はいいもの聞いたわぁ」
「桂ちゃん、あんたいい友だち持ってるのねぇ」
「また来てくれるんでしょ」
女性たち――果樹園のおばちゃん連中は、然也のオカリナを聞くだけ聞くと、そんなことを口々に言い合いながら持ち場へ戻っていった。
「まるで嵐だな」
然也はぐったりしながらぼやいた。
「でも、よく働いてくれる気のいいおばちゃんたちですって」
「おまえにとっちゃそうだろうが……」
そう言いながら然也が菓子の皿を目をやると、すでに空だ。
「おいっ。そりゃないだろ」
「え、あの、わたしはそんなに食べてないよ」
睨まれた杏樹があわわてて首を横に振る。然也の視線は桂介に移った。
「俺も……。そ、そうだ、おばさんたちがつまんでたみたいですよ」
「マジかよ」
「ほら、然さん。そんなムキにならないで」
桃香が包みを差し出した。
「ちゃんとあなたの分は取っておいたから」
「さすがは桃さんだ」
「ナイスだよ、姉さん」
杏樹が心底ほっとした声を出した。然也の視線がよほど恐かったらしい。
「でもなんで姉さんが『桃さん』なの? そりゃ、名前に桃の字は入ってるけど」
「なんでって、そうだな……」
然也自身、不思議だった。ごく自然にするりとその呼び名が出てきたのは、桃の花に囲まれているからかもしれない。彼は桃香本人の視線を感じてあせった。
「そうだな、桃の花がよく似合うからかもしれない」
ぼそりとつぶやいて明後日の方向を向いた。杏樹はあっけに取られ、桃花のほほが心持ちピンク色に染まっていた。桂介は吹き出したいのをこらえている。
「その……なんだ、リクエストはもうないのか」
然也はあわてて、もう一度オカリナを取り出す。
「やだなぁ、自分で言ってて照れるなんて」
杏樹の容赦ないひと言には取り合わず、彼は勝手に曲を吹き始めた。
吹きながら然也は、このひと時が過ぎ去らなければいいと願った。もちろん、その願いがいかに意味のないことかわかりきっている。そもそも時間は流れるからこそ、貴重な一瞬が生まれるのだ。時が流れてはじめて生命も音楽も存在できるというのに、今の時間が失われるのが恐かった。
それから約三ヵ月後、然也のもとに桃がたっぷり届いた。届けに来た桂介によれば、例年にないほど良く実ったのだという。確かに、見事な色づきといい、芳醇な香りといい、本来、彼にはとても手の届かない代物だった。
「とてもひとりじゃ食いきれないな」
桃をひとつ取り上げると、メッセージカードが入っているのに気がついた。再生してみれば、なんと桃園のおばちゃんたちが満面の笑みで現れた。
「来年もよろしくねっ」
「乳牛にクラシックを聞かせると乳の出がよくなるって古い話があるんだわ」
「桃にはオカリナだねぇ」
「……」
然也は最後まで見ずに画像を切った。
「さて、おすそ分けに行くか」
もちろん行く先はあの姉妹のところである。
風がいつになく強かった。防塵コートのすそがバタバタとはためき、細かい砂塵のせいで目がかゆくなる。
「今日はこれが限界だな」
然也は肩をすくめてドームの中に戻る。今朝の散歩は打ち切りだ。だが、悪い気はしていなかった。この日の風は季節の変わり目をはっきりと告げていたからだった。身体の中に冷たい芯が通るような、一種心地よい緊張感にをもたらす風にかわって、陽気で少しばかり力任せに暴れる春の風が訪れたのだった。
その日はドームの気候もはっきりと春を告げていた。道を歩けば温い風が吹きつけ、工房で作業していると、気づかないうちにセーターの腕をまくっている。
「なんか急に春って感じですね」
然也が工房の中庭で休憩していると、仕事仲間の大山桂介が冷たいお茶を手にやってきた。然也の一年後に入ってきた、言わば後輩だった。
「三日もたてば冬に逆戻りなんだろうけどな」
「でも、嬉しいじゃないですか。芽吹きの季節というか、こう、身体の中から力が湧いてくるみたいで」
桂介は正面に植えてあるポプラの木を見上げた。いつの間に新芽が出たのか、枝の先々が柔らかな黄緑色に染まっている。
「それに桜の季節も近いし」
「花見の季節か」
然也はため息まじりにつぶやいた。
「俺は楽しみですよ。日本に生まれてよかったと思いません?」
「まあ……な」
日本人が花見と称して野外で宴会を繰り広げる習慣は、ドームで暮らすようになってからも変わらない。然也だって、毎年その時期にはオカリナ工房の仲間につきあって宴会に加わる。それはそれで楽しいのだが、その後ひどく疲れるのも事実だ。もっとも二日酔いで悩まされるから、という話もある。
「しかし、桜以外に見る花はないのかね」
「ああ、ありますよ」
桂介はいともあっさりと言った。
「花屋に置いてあるような、ビオラだのチューリップだのって言うなよ」
「然さん、桃の花って見たことあります?」
桃……。桃の節句という言葉は知っていたが、花が咲いているところを見た覚えはない。
「綺麗なのか?」
桂介は待っていましたとばかりに、笑みを浮かべた。
「良かったら見に来ません? うちの実家、農園ドームで果樹園をやってるんです」
「へぇ」
然也は両手を頭の後ろで組み、空を見上げた。桃香を誘ったら来てくれるだろうか?
4月最初の日曜日、午後1時。
然也は自然公園の前で桃香たちを待っている。公園の中の桜は満開で、その下には無粋にも場所取り用のシートがいくつも広げられているが、彼はそんなものには用がないとばかり、桜並木に背を向けて立つ。
ほどなくあの姉妹の姿が見えた。妹の方が先に駆け出してきた。彼は二人に合図をして循環バスの乗り場へ足を向ける。
「どこいくの? 桜ならあの公園が一番きれいなのに」
杏樹が不思議そうにたずねる。
「オレは花見だとは言ったが、桜を見るとは言ってないぞ」
「なにそれ! 花見なら桜にきまってるじゃないの」
「そうでもない。平安時代は花見といえば梅に決まってた」
「ああもう! 然さんの意地悪」
杏樹がふくれる。桃香は可笑しそうに微笑んだ。
「今日はちょっとしたミステリーツアーかしらね」
「ま、お楽しみに」
三人がバスを下りたのはとある農園ドームだった。この時代、野菜はほとんど工場で作られていたが、果樹はそういうわけにゆかず、こうして場所をとって土から育てるしかなかった。その分、本物の果物は高級食材だ。
ドームの一角に、ピンク色の花を枝一面につけた木が整然と並ぶ場所があった。その風景を目にした然也は息をのんだ。その木にははっきりと見覚えがあったのだった。どこで見たかははっきり言えないが、確かに覚えている。
桃は、満開でも桜のように強烈な生命力を漂わせることなく、むしろ清冽さを放っていた。
一番最初に歓声をあげたのは予想通り杏樹だった。
「うわぁ。きれい……。でも桜じゃないよね」
桃香は目を丸くして立ち尽くす。
「これ、全部桃の花?」
「その通り」
それから目を輝かせ、満面に笑みを浮かべた。その笑顔を見るだけでここに来た甲斐があったと然也は思う。
果樹園を見渡すと、受粉作業で忙しそうに立ち働く人々が見える。その中に桂介もいた。目が合うと、彼は手を振り駆け寄ってきた。
「どうです? 見事なもんでしょ」
「たいしたもんだ。でもいいのか? ここは行楽地じゃないんだろ。作業中みたいだし」
「然さんたちが花見をするぐらい、大丈夫ですよ。それに桃の花だって人に愛でてもらった方が気分よく散ってゆけますって。あ、もちろん桜みたいにはらはらと散らないんですけど」
桂介はオカリナ工房で働いてはいるが、休みの日はこうして実家の仕事を手伝っている。それを聞いた杏樹はすっかり感心したらしい。
「なんか、社会人のかがみだよね」
すると、桂介は
「木の世話に日曜日なんてないですもん。それだけですって」
と照れくさそうに笑った。するとただでさえ細い目が消えそうになった。
「え、この方が演奏会の時にクッキーを差し入れてくれたんですか!」
桃の木に囲まれた場所にシートを広げ、のんびりとくつろぎかけた時だった。桃香の話を聞いた桂介は、あわてて何度もお礼を言っては頭を下げた。
「あれ、本当に美味かったんです」
「生憎オレは味見すらできなかったが」
然也の声は本人が思う以上にトゲが入っていたりする。
「す、すみません」
桂介はあわてて頭を下げる方向を変えた。杏樹があきれた。
「然さんたら、大人気ないなぁ。クッキーぐらいで拗ねなくてもいいじゃない」
「知らないのか? 食い物の恨みは恐ろしいんだぞ」
「心配しないで。今日はたっぷり用意してきたんだから」
と、桃香は手際よくお茶と焼き菓子を出した。然也が手を伸ばした瞬間、
「ねえ、今日は吹かないの?」
杏樹がいきなり然也の顔をのぞきこんだ。目が悪戯っぽく光っている。こいつわざとだな、と思いつつ然也はぶっきらぼうに答えた。
「吹くって、何を」
「もちろんオカリナに決まってるじゃない」
「ああ、俺も聞きたいです。然さんの音は、俺も本当に好きなんですよ」
桂介の方は素でそう思っているらしい。桃香はと言えば、笑いをこらえている。
「あーもう、しょうがないな」
彼はいつも持ち歩いているオカリナを取り出した。
「お、さすがですね。いつでも笛を持ってるなんて」
「いつでもってわけじゃないさ」
ただ、今日はなんとなくこうなる予感がしただけだった。桃香と会えるとわかっていたからかもしれない。
「で、どんな曲がいいんだ?」
それから約一時間、然也は皆のリクエストに応えて何曲も吹く羽目になった。「皆」というのは、杏樹や桂介だけでなく、果樹園で仕事をしていた妙齢の女性陣をも含む。
彼の音は風に乗って仕事中の彼女たちのところまで届き、彼女たちはその音色に惹かれて集まってきたのだった。そして遠慮も容赦もなく、然也の演奏を珍しがり、誉めまくっては次から次へと曲をねだった。
「あらやだ、もうこんな時間? すっかりさぼっちゃったわね」
「今日はいいもの聞いたわぁ」
「桂ちゃん、あんたいい友だち持ってるのねぇ」
「また来てくれるんでしょ」
女性たち――果樹園のおばちゃん連中は、然也のオカリナを聞くだけ聞くと、そんなことを口々に言い合いながら持ち場へ戻っていった。
「まるで嵐だな」
然也はぐったりしながらぼやいた。
「でも、よく働いてくれる気のいいおばちゃんたちですって」
「おまえにとっちゃそうだろうが……」
そう言いながら然也が菓子の皿を目をやると、すでに空だ。
「おいっ。そりゃないだろ」
「え、あの、わたしはそんなに食べてないよ」
睨まれた杏樹があわわてて首を横に振る。然也の視線は桂介に移った。
「俺も……。そ、そうだ、おばさんたちがつまんでたみたいですよ」
「マジかよ」
「ほら、然さん。そんなムキにならないで」
桃香が包みを差し出した。
「ちゃんとあなたの分は取っておいたから」
「さすがは桃さんだ」
「ナイスだよ、姉さん」
杏樹が心底ほっとした声を出した。然也の視線がよほど恐かったらしい。
「でもなんで姉さんが『桃さん』なの? そりゃ、名前に桃の字は入ってるけど」
「なんでって、そうだな……」
然也自身、不思議だった。ごく自然にするりとその呼び名が出てきたのは、桃の花に囲まれているからかもしれない。彼は桃香本人の視線を感じてあせった。
「そうだな、桃の花がよく似合うからかもしれない」
ぼそりとつぶやいて明後日の方向を向いた。杏樹はあっけに取られ、桃花のほほが心持ちピンク色に染まっていた。桂介は吹き出したいのをこらえている。
「その……なんだ、リクエストはもうないのか」
然也はあわてて、もう一度オカリナを取り出す。
「やだなぁ、自分で言ってて照れるなんて」
杏樹の容赦ないひと言には取り合わず、彼は勝手に曲を吹き始めた。
吹きながら然也は、このひと時が過ぎ去らなければいいと願った。もちろん、その願いがいかに意味のないことかわかりきっている。そもそも時間は流れるからこそ、貴重な一瞬が生まれるのだ。時が流れてはじめて生命も音楽も存在できるというのに、今の時間が失われるのが恐かった。
それから約三ヵ月後、然也のもとに桃がたっぷり届いた。届けに来た桂介によれば、例年にないほど良く実ったのだという。確かに、見事な色づきといい、芳醇な香りといい、本来、彼にはとても手の届かない代物だった。
「とてもひとりじゃ食いきれないな」
桃をひとつ取り上げると、メッセージカードが入っているのに気がついた。再生してみれば、なんと桃園のおばちゃんたちが満面の笑みで現れた。
「来年もよろしくねっ」
「乳牛にクラシックを聞かせると乳の出がよくなるって古い話があるんだわ」
「桃にはオカリナだねぇ」
「……」
然也は最後まで見ずに画像を切った。
「さて、おすそ分けに行くか」
もちろん行く先はあの姉妹のところである。
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