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心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
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〈管理人名〉 O-bake

〈趣味〉 創作とクラシック音楽

〈主な内容〉
創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで

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時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。

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びおら弾きの微妙にズレた日々
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今年もその季節が近づいてきました。食品売り場はどこへ行ってもこれ見よがしにチョコが置いてあります。
旧版のバレンタイン小話を少々(当社比)修正してみました。前と変わらず、軽く読めるお馬鹿話です。

しかし、この習慣、いつまで続くんでしょうねぇ。最近は「友」だの「逆」だのいって、ますます消費拡大の傾向にありますが。

Chocolate Rhapsody

 然也は困っていた。手の平には封を切ったチョコレート入りの小箱。
 自然公園のベンチに腰を下ろしたきり、しばらく悩み続けていた彼は時計台をちらりと見上げた。あと3分もすれば、二本の針がぴったり真上で重なる。
「時間がないな。要するに食っちまえばいいんだろうが……」
 別名、証拠隠滅ともいうが、それができなくて逡巡しているのだ。もともと甘みのきつい菓子類は苦手だし、特にこのチョコレートの場合、ことさら手を付けにくい事情があった。

 ほんの10分ほど前のことだ。この日は日曜だったが、然也はオカリナ工房に用があって出かけた。その帰りにこの自然公園で桃香と落ち合う予定だった。用事をすませた彼はいつものように公園に入る。そこで誰かに呼び止められた。聞き覚えのある声だった。ありすぎるくらいだ。
 パタパタと駆けてくるのは、思った通り桃香ではなく杏樹だった。
「然さん見つけた! 探してたんだよ」
「こんなところで何やってるんだ」
 その問いに答える暇もなく、彼女は小さな紙袋を然也に差し出した。
「はい、これ」
「これ……って何だ?」
「開けてみればわかるよ。姉さんに作り方教わったから大丈夫!」
「作り方? 何の?」
 怪訝な顔の然也に袋を押しつけ、杏樹はあっという間に去っていった。
(あいつらしくないな)
 その場でちらりと袋の中をのぞく。リボン飾りのついた箱が見えた。そういえば明日は2月14日だ。然也の胸のうちに何とも言えない複雑な気分が湧いてきた。
 子どもの頃はもらったチョコの数を無邪気に自慢しあった。が、年を経るにつれ、多ければいいというものではないとわかってくる。そして今も、切にそう思う。
 彼は公園内に入り、ベンチにかけて落ち着いて中身を確かめることにした。あの杏樹のことだ。チョコと見せかけて、実はびっくり箱だった、なんてことも平気でやりかねない。むしろその方がほっとする。
 いやな予感が外れることを祈りつつ、包みを慎重にはがし、箱のフタを開けた。果たして中から出てきたのは――
「まいったな……。あいつ、本気か?」
 箱の中には、不ぞろいのトリュフが3個ばかり鎮座している。不器用にまとまったその形は、ひと目で手作りとわかる。
 開けるんじゃなかったと然也はひどく後悔した。開けなければ、杏樹から預かったと言って桂介に渡せたものをと思い、すぐにそれは人としてマズイかと苦笑する。
 感づいてはいたのだ。杏樹がどんな視線で彼を見ているかを。 彼女が可愛くないわけではない。好奇心でいつも輝いている瞳や、負けん気がのぞく憎まれ口とか、正直言って好きだし、楽しい。
 もし桃香がいなかったらどうしただろう……とちらりと考え、あわててその考えを振り払った。
 桃香の存在しない世界など今の彼にとっては想像不可能だ。そのぐらい彼女に対する気持ちは特別だった。なぜそうなのかは自分でも説明がつかない。
 ひとつ言えるのは、初めて桃香に出会った時の気持ちが、オカリナの実物を初めて見て、その音色を直に聞いた時とよく似ていたということだ。心の奥底で探し続けていた失くしものを、ようやく見つけ出したような心持ち。いや、目の前に差し出されて初めて、それをずっと探していたのだと気づかされたような、と言ったほうがいい。
 つまるところ、杏樹の本気に対してきちんと応えることが出来ないのが判っているわけで、だからこそ目の前のチョコレートを持てあましている。
(とにかく、これは本人に返すしかないな)
 そう決めて、トリュフをしまおうとしたその時、然也の後ろに人が来て、ふわりと立ち止まった。それは間違えようもなく、彼の待ち人で、ただし、今だけはタイミングが悪すぎた。
「なあに、そのチョコレート?」
 振り返れば、桃香がどことなく不自然な笑みを浮かべて立っている。然也の心拍数が上った。
「ああ、桃さん……。相変わらず時間ぴったりだな」
 然也はあわててトリュフ入りの箱を紙袋に突っ込んだ。
「あわてて隠さなくてもいいじゃない? それとも見られたら困るもの?」
「いやその、これはもらったというより押し付けられたというか……」
「そう、もらったのね。だれに?」
 しまった、と然也は再び後悔した。杏樹の名前はさすがに出せないし、それ以前に自分で買ったといえばまだ誤魔化しがきいたかもしれない。脇の下を冷や汗が流れ、頭の中が白くなり、時間だけが過ぎる。10秒、20秒……。
「つまり言えないってことね。わかったわ」
 桃香はきびすを返して立ち去ろうとした。然也は思わず立ち上がった。
「待ってくれ! こいつは決して怪しいチョコじゃないんだ!」
 足を止めて振り返った桃香は、然也を睨んでいた。
「チョコに怪しいも怪しくないもないでしょ!」
 こんなに不機嫌そうな彼女は見たことがない。しかも情けないことにこんな時でさえ、つい見とれそうになる。まったくチョコレートひとつで何でこんな騒ぎになるんだと然也はぼやきたかった。しかしそんな余裕はない。もしこのまま彼女が行ってしまえば、次はいつ会えるかわかったものじゃない。どうすればいいのか。桃香はすでに背を向け、歩き始めている。一刻を争う事態になりつつあった。
 焦る中で彼はふっと気がついた。ひょっとして杏樹にはめられたのではないか。彼女は、びっくり箱を仕掛ける代わりに、わざわざ桃香と会う直前を狙ってチョコを渡しに来たのだ、きっとそうに違いない。
 然也は桃香を追い、箱の中身を彼女の目の前に突き出した。あらぬ疑いをかけられるよりはマシだ。
「これ、見覚えあるだろ?」
 不ぞろいなトリュフを見た桃香は小さくため息をもらした。
「もう、あの子ったら……。わかってたけど」
 桃香は苦笑を浮かべる。さっきまでの険悪な空気は消え、然也はほっとした。ただし次のセリフを聞くまでは。
「あのね、隣のドームに一度行きたかったお店があるの。そこはチョコレートパフェが有名なんだけど、私からはそのパフェをプレゼントしたいな」
 桃香は優雅すぎる微笑を浮かべた。もちろん彼女が彼の好みを知らないわけがない。
 パフェと聞いたとたんに感じ始めた胃のもたれをこらえつつ、然也はどうにか返事を返した。
「……それで君の気が済むなら」
「それから、妹のことで相談にのってくれると嬉しいんだけど」
 もう桃香の瞳は笑ってすらいない。
「……」
 この寒い季節に冷たい汗だらけになるなんて、洒落にもならない。然也は200年近くもこの国だけで行われている、チョコレートによる難儀な慣習を呪うしかなかった。
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