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心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
ブログのプロフィール
〈管理人名〉 O-bake

〈趣味〉 創作とクラシック音楽

〈主な内容〉
創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで

〈お願い〉
時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。

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びおら弾きの微妙にズレた日々
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なんとかレスキュー話、できました。
なんか、無駄に長いんですけど?

仲直りの話なので、やや甘めの味付けがしてあります。全体に渋いことに変わりはないのですが。

Rescue?


――この注意力散漫はどうにかならないのかしら。
 桃香は職場と住宅地を結ぶシャトルバスに乗り込むと、窓の外をぼんやりと眺めた。出発を告げるアナウンスに続き、バスは音もなく発車する。
 この数日というもの、ミスがやたらに多い。どれも指示を聞き漏らしたり、確認を怠ったりしたがために発生したものだ。それでなければ単純な勘違い。桃香は小さくため息をついた。外はすっかり闇に沈み、窓ガラスに映るのはやはり仕事で疲れた人々ばかり。
 4月から桃香は、ある企業の精神衛生管理室で、研修生として先輩職員とともに働いている。職場が遠いせいもあって、家を出て一人暮らしも始めた。
 最初の一ヶ月は難なく乗り切った。が、5月の連休を越えてから調子が狂い始めた。決して五月病の類(たぐい)ではない。原因は自分でよくわかっていた。わかっていても自分で自分の心をコントロールするのがどれほど大変か、今さらのように思い知った。
――いくら知識があっても、これじゃまるで役に立たないわね。
 あの時のことを思い出すたびに、桃香はいたたまれなくなる。連休中に〈外〉で然也と会った時のことだ。彼がいとも簡単に鳥の命を奪ってしまったことより、その後に見せた近寄りがたい後ろ姿が痛かった。
 苦しんでいる鳥を早く楽にしてやろうという気持ちはわかる気がするし、自分も感情的になりすぎて、つい言い過ぎたかもしれないと反省もする。でも、あの背中は――。
 桃香は気づかないうちに唇をかみしめていた。
 鳥を抱えたまま歩き去る彼を追いかけようとはしたのだ。だが、誰をも拒絶するような孤独な背中に足が止まった。それ以上進めなかった。
――私なんかじゃ、届かないのかもしれない。
 そう思うたびに、悔しさと切なさが入り混じって胸の奥に苦い塊ができる。
 バスが止まった。窓越しに賑やかなイルミネーションが見える。商業施設専用のドームに入ったらしい。桃香は席を立ち、出口のステップを下りた。買い物をしないと明日の朝食が作れない。
「あれ、桃香さんじゃないですか」
 バスを降りて歩き始めたとたん、目の前に大きな影が立った。顔を上げれば、花見の時に会った桂介だった。桃香はとっさに微笑んでみせた。
「この間はお世話さま」
「なんか、今日は元気ないですね」
 作り物の笑顔はすぐに見抜かれたらしい。桃香はふっと笑って肩の力をぬいた。
「いろいろあって、なんだか疲れちゃって。仕事を始めて一ヶ月しかたってないのに、情けないわよね」
「そんなことないですよ。慣れるまでは大変なのが普通ですって」
「ありがとう。でも、慣れとかの問題じゃないの」
「そうなんですか」
と、桂介は顎に片手を当て、やんわりと桃香の様子をうかがう。
「そういえば然さんも浮かない顔してましたっけ」
 桃香の心臓がトクンと音を立て、彼女は思わず顔を上げた。
「俺、仕事が終わったんで、これからメシでも食って帰ろうかと思ってたところなんですけど……」
と、桂介は言葉を切って桃香を見た。
「私もいっしょに、いい? こんなところで立ち話もないと思うし」
 彼はは心得たとばかりに笑顔を見せた。細い目が糸のようになった。

 二人が入ったのは、カジュアルな雰囲気の居酒屋だった。チェーン店ではあるが、平日なのでさほど混んではいない。それに、もともとテーブルごとに透明な防音壁で囲まれていて、隣の席の話し声に悩まされることはなかった。静けさが苦になるなら適当なBGMを流すこともできたが、桃香も桂介もそんなスイッチのことはすっかり忘れていた。桂介の実家が経営している桃園の話や桃香の勤め先の話がぽろりぽろりと出てくる。ただ、桃香がいちばん聞きたいはずのオカリナ工房の話題にはなかなか移れない。
「あの……、杏樹さん、元気にしてますか」
 飲物が届き、世間話が途切れたあと、桂介は唐突に尋ねてきた。まだビールには口をつけていないのに、顔がほんのり赤い。桃香は心の中でくすり、と笑った。聞きたいことがあったのはお互いさまらしい。
「この間家に帰ったときは忙しそうにしてたわよ。宿題のレポートが大変なんだって」
 結局、杏樹は社会に出るより学び続けることを選んだのだった。
「がんばってるんですね」
「あの子、こうと決めたらまっしぐらにつき進むんだけど、決めるまでが長いのよ」
 桃香は自分のグラスに口をつけた。ピーチサワーだった。少し香りがきつすぎる気がした。
「でも私は全然逆。決めてからあれこれ悩むタイプなの」
「ふうん。俺は決めるのも決めてからもあんまりあれこれ考えないです。なるようにしかならないって。まあ、悩むような大した頭持ってませんから」
「きっと芯がしっかりしてるからよ」
「そんなことないですよ」
 桂介は笑いをもらし、言葉を続けた。
「芯があるといえば俺の知ってる限り、然さんが一番ですって。でも、あの人は確かにすごいんですけど、面白いとこもあるんですよ」
「どんな風に?」
 桃香は思わず身を乗り出した。
「オカリナだけじゃなくて、音楽のことならびっくりするぐらい知識があるし、それにあの人の出す音は独特なんですよね。良くも悪くも自己主張が強いって言うか。でもすごくセンスがあるから今のところ誰も文句を言いません」
「そうなのね」
 アルコールも手伝って、桃香の鼓動が次第に早くなる。
「それに、人が困ってるとすぐに感づいて、さりげなく助け舟を出してくれたりするんですけど、自分が困っていても悩みなんかないぞって顔をしてるんですよ。でもいっしょに仕事をしていれば、隠してもすぐわかるようになりますって」
 思わず桃香は笑った。いかにも彼らしいと。同じように桂介も頭をかきながら笑った。ひとしきり笑うと真顔に戻った。
「で、然さんと何かあったんですか」
 あらためて聞かれると、ことの顛末をそのまま話すのも気が引ける。迷った桃香が口ごもっていると、桂介は桃香の後ろに目を移した。
「あ、本人と代わりますわ」
 振り返ると、然也が足早にこちらへ歩いてくるところだった。いきなりのことで頭が混乱しそうだった。桂介が立ち上がる。
「さっき然さんのCギアに連絡入れておいたんですよ」
「やだ、ちょっと待ってよ」
 桃香は焦ったが、桂介はにこやかに首をふった。
「第三者が入ると話がややこしくなりますから。あ、お代は俺が払っときます。差し入れのクッキーのお礼だと思ってください」
 桂介は大きな体に似合わない俊敏な動きで支払いカウンターへ向かった。然也とすれ違うとき、何か言葉を交わした。続いて思いっきり背中を叩かれ、前につんのめっているのが見えた。桃香はちょっと申し訳なく思い、同時にその何倍も感謝した。
 
「……で、君もあいつのお節介に巻き込まれたってわけか」
 然也は席につくなり、口を開いた。挨拶もなにもあったものではない。この前の言い過ぎを謝ろうと思っていた桃香は、チャンスを逃がした気がして頭をふった。それに桂介を巻き込んだのはむしろ彼女のほうだ。
「仕事の帰りに偶然会っただけ。私の顔色が良くないって気を遣ってくれたのよ」
「それをお節介というんじゃないのか」
 いつにも増してそっけない返事で、しかも視線は桃香から微妙にそれたままだ。いっそこのまま帰った方がいいのかと桃香は思った。しかし、逃げ出したところで何も解決しない。そんな別れ方をするのは嫌だった。
「この間のこと、怒ってるのね」 
「べつに」
 また沈黙が落ちる。怒ってないとしたらこの機嫌の悪さは何? と思いつつ、桃香は言葉を探した。
「あの時は私も言いすぎたわ。でも、少なくとも自然界には〈安楽死〉なんて存在しないのよ」
 言うそばから桃香はたちまち後悔した。けっしてケンカを売るつもりはなかったのに、どうしてこんな台詞が飛び出してしまうのだろう。本当はもっと違う言葉があるはずなのに。
「何が言いたい?」
 然也はようやく桃香と視線を合わせた。彼の目には刃物の切っ先を思わせる鋭い光が宿っている。緊張した桃香の口から勝手に言葉だけが紡ぎ出される。
「人間が勝手に手を出しちゃいけないのよ。とくに野生の生き物には」
「つまり、延命も安楽死もさせるなと?」
「きっと最期まで見てあげれば、それで充分だった」
「何もせず、ただ見てるだけか? そういうことになるな」
 次の言葉選びを間違ったらおしまいだと桃香は感じた。
「少なくとも、この世界から去っていかなくちゃいけない時にひとりじゃないって、すごく安心すると思うの」
 然也はわずかに目を見開いた。
「それなら聞くが、実際にそうやって看取ったことはあるのか? 人でなくていい。目の前で命が失われていくのを正視したことはあるのか」
 ……ない。桃香は暗たんとした気持ちで目を伏せた。然也がついっと立ち上がった。
「店を出よう」
「まだ注文もしてないのに?」
「外の空気が吸いたい」
 彼のあとについていくしかなかった。勘定は本当に桂介がもってくれたようで、店員は出口のところで二人を待ち構え、「ありがとうございました」とやたらに明るい声を投げかけた。
 通りに出ると、きらびやかなウィンドウとあざやかなネオンサインがまぶしい。その光が道行く人々の顔を照らし出す。たいていは仕事を終えてささやかな買い物を楽しむ人々だ。誰もが良く似た空気をまとっている。今の桃香には、彼らがまるで画像の中の薄っぺらい存在に見えた。自分もまた、ひどく頼りない存在に思えた。
 器用に人ごみをかきわけ、ほんの数歩先を然也が歩く。気がつけば、さっきからずっと桃香が楽に歩けるペースを保っている。桃香は、はっと顔を上げた。
 今、目の前をゆく背中は、自分を拒否していない。むしろ付いてこいと言わんばかりだ。
 桃香は微笑んだ。もう恐いものはなかった。
 とたんにふわりと身体が軽くなる。安心すると同時に、カクッと身体がかたむいた。足首に激痛が走った。
「おい、大丈夫か!」
 小さな悲鳴に振り返った然也が、すかさず桃香を支えた。
「何もないところで挫くなんて、情けないわね」
「あんなところで飲むからだ」

 しばくのち、二人は道路を渡った先のポケットパークにいた。桃香がベンチで休み、然也は桂介を呼び出しているところだった。桂介は、ドームの中では貴重な自家用車を持っている。ついでに湿布や包帯の類も頼んでいた。
「彼には申し訳ないことしちゃった。なんだか今日はずっとお世話になりっぱなし……」
 桃香が肩をすくめた。通信に使ったCギアをポケットに突っ込み、然也が振り返る。
「気にするな。いつもオレがあいつの面倒を見てるんだ」 
「そうなの?」
 桃香は桂介との会話を思い出し、笑い出しそうになるのをこらえた。面倒を見ているつもりで、実は見られていたなんてケースは少なくない。近いうち、焼き菓子でも作って持っていこうかと思う。
 然也が隣に腰を下ろした。
「さっきはキツいこと言って悪かった」
「え?」
「死にゆく姿を看とる話のことさ」
「でも、然さんの言う通りかもしれない」
「そうでもないさ」
 桃香は首をかしげた。然也がぼそりとつぶやいた。
「小さい頃、親父に病気で死なれた。嫌でも弱っていく姿に付き合わなくちゃいけなかったんだ」
 桃香は思わず息を飲んだ。
「……知らなかった。ごめんなさい」
「べつに謝ることじゃない。オレの問題だからな。それに桃さんの言ったことが、たぶん正論だ」
「もういいの。何が正しいかなんて、もういいから」
 然也はふっと笑い、頭の後ろで両手を組んで夜空を見上げた。その横顔も仕草もひどく懐かしくて、桃香は不意に泣きたくなったのだった。
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