心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
ブログのプロフィール
〈管理人名〉 O-bake
〈趣味〉 創作とクラシック音楽
〈主な内容〉
創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで
〈お願い〉
時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。
〈連絡先〉
管理人へのメッセージは、こちらのフォームからどうぞ
〈本家ブログ〉
びおら弾きの微妙にズレた日々
(一方通行です)
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これも、昔サイトに載せていた新年小話のバージョンアップ版です。
新年に先駆けてちょっとだけフライング。
ところが同じイベントを扱っているとはいえ、2倍に膨らんだ上に語り手の視点が変わってしまったので、むしろバージョン違いと言った方がいいかも。
新年に先駆けてちょっとだけフライング。
ところが同じイベントを扱っているとはいえ、2倍に膨らんだ上に語り手の視点が変わってしまったので、むしろバージョン違いと言った方がいいかも。
Fakey Sunrise
――1年の境目なんて、どこに線が引いてあるわけでもないのにな。
分厚い強化ガラス越しに、少しずつ明るさを増す「外」の地平線を眺めながら然也はつぶやいた。2174年を迎えて数時間後のことだ。
見えない線引きを求めてなぜか人は元日の朝日を寿ぎたがる。この時代、いわゆる初日の出はドームの天井に映し出された太陽の幻影にすぎないが、ドームの住人のほとんどは、その幻影が姿を現す瞬間にお祭り騒ぎをする。
だが、いくら「初」のつくものがめでたいからといって、そんな代替品を拝む気にはなれない然也は、例によって外で日の出を迎えるつもりだった。まわりには同類と思しき人影がちらほちいて、やはり外の様子をうかがっている。その中で本気で外で日の出を拝もうという奴は多くて3割だろう。賭けてもいい。
彼は時刻を確かめると分厚い防寒コートに袖を通し、防塵マスクと手袋をつけた。この時期の外は半端じゃなく寒い。抜群の断熱効果を持つ外用のコートを身につけていても、外でじっと待てるのはせいぜい30分だ。
二重になっている扉の一つ目に手をかけたとき、ふと桃香のことが頭をよぎった。彼女は「外」で日の出を見たいと思うだろうか。
いや、いくらなんでもそれはないだろう。彼は半ば強引に打ち消した。なにしろドームの内側と違って、灰色の空の下、土ぼこりや寒さに耐えながらいつ顔を出したのかはっきりわからない太陽を拝もうというのだ。まともな感覚の持ち主なら遠慮するのが普通だ。なにより、彼女には一緒に新年を祝う家族がいるが、すでに両親を亡くし一人で暮らしている然也にとって、正月休みはただの連休でしかない。
そこなんだ、と然也は思う。桃香とは育った環境も価値観もずい分違う。自分が桃香に惹かれるのは当然としても、彼女が何を思って自分につき合ってくれるのか謎だった。いつまでもこんな幸運が続くわけがない。
現に6日前のクリスマスの朝、彼女は突然留学すると告げた。彼には思いもつかないことだった。同時に、彼女が簡単にそういうことができてしまう世界の住人なのだと思い知らされた。生まれた時の環境や学歴や仕事の内容によって、世の中にははっきりとは口にされない微妙な階級が出来上がっている。
あれ以来、彼女とは会うどころか声も聞いていない。直接話がしたいと何度かCギアに連絡が入ったが、会ったところでどんな話をしたらいいんだと考えはじめると、返信も億劫になった。いっそ、このまま離れていった方が彼女のためになるのかもしれないとさえ思う。
然也は二つ目の扉の取っ手に手をかけた。ロックをはずすと、痛いほどの冷気が吹き込んでくる。彼はその冷たさを待っていたとばかりに荒れた大地へ足を踏み入れた。
崩れかかった古い建物に降り積もった土ぼこりが、強い北風に吹かれて舞い上がる。足元には、ごく弱い光で育つ地衣植物が何層にも重なって茂り、うっかりすると足を取らた。そんな中を彼は川に向かって歩いた。
ドームの近くに大きな川の跡がある。今でこそ流れの大部分は地下に染み込んで、小川のような水の筋しか見えないが、かつての川幅は200メートルはあろうかというほど広かったようだ。堤防に登ると東南の空がよく見渡せた。オカリナ工房で働き始めた年にこの場所を知って、それ以来毎年ここで初日の出を迎えることにしていた。
十分も歩くと、堤防が見えてきた。その上に人影が二つ並んでいる。1つはすらりと背の高いシルエット。もう1つはやや小柄で華奢なシルエット。ときどき影がゆれて、なにやら楽しそうに語り合っている風に見える。
――このクソ寒い中でデートとはご苦労なことだ。
つい毒づいてしまう然也だったが、さらに数十メートル進むと、それが見覚えのある影だと気がついた。
ひとつは音無だ。彼が外にいるのは珍しいことではない。だが、彼のそばにいるのは誰なのか。女性ならなおさら心当たりがない。
「うわっ」
観察しながら進むうちに、もつれた枯れ草に足を取られて転びそうになった。どうにか持ち直したところで、堤防の上から呼び声がした。桃香だった。
「なんで桃さんがいるんだ!」
思わず然也は堤防まで駆け上がった。防塵マスクのせいでたちまち息が切れる。このマスクは激しい運動には向いていないのだ。
立ち止まって肩で息をする然也に音無がいつもの落ち着いた口調で話し掛けてきた。
「そろそろ来る時分だと思ってましたが、そんなにあわてなくても、まだ日の出には間に合いますよ」
あわてたのは日の出の時間がどうこうという問題じゃないだろうという台詞が喉もとまで出かかったが、ぐっとおさえ、代わりに目で無言の抗議をする。
すると桃香がとりなすように告げた。
「ここで初日の出を待っていれば必ずあなたに会えるって音無さんが教えてくれたの。ひとりじゃ場所がわからないだろうからって、いっしょに来てくれたのよ」
それで納得する然也ではない。
「だからって、こんな風が吹きさらすような場所で待たなくても……。扉の内側で待っていれば会えたはずだ。下手したら風邪をひくだろ」
音無が苦笑しつつ口をはさむ。
「君が姿をくらますものだから、桃香さんはひどく心配して、ついに私のところにまで連絡をよこしたんですよ」
「別に隠れてたわけじゃない」
然也はわずかに音無から視線をそらした。
「Cギアへの通信を無視し続けていれば同じことでしょう」
然也は答えに詰まった。そう言われてはどうにも分が悪い。
「どうしても外で待ちたいと言ったのは私なんだから、音無さんを責めないで」
桃香がきっぱり言い切った。
ああ、と然也は心の中でため息をついた。彼女は時としてこういうこだわりというか、頑固なところを見せる。こうなるとどうにもならない。然也は心の中で白旗を立てた。
「まったく、桃さんには敵わないや。降参だ」
「やだ、降参だなんて、そんなつもりはないのに」
音無がふっと微笑むのがわかった。実際に見えるわけではないが空気でわかる。そもそもこの二人が相手では敵うわけがない。
「それじゃ、私はもう行きますから」
音無は堤防を下りかけた。
「一緒に夜明けを見ないんですか」
桃香が呼び止める。
「1人で楽しむ秘密の場所があるんですよ」
そして足早に去っていった。いつもと変わらない冷静で自信にあふれた後ろ姿を見ていると、あながちその場しのぎの言い訳でもなさそうだった。それに、音無もまた孤独を背負っているのだと然也は知っている。時に反発を感じつつ彼の元で仕事を続けているのは、それも理由のひとつだった。
「あのこと、怒ってるのね?」
音無の姿が見えなくなると、桃香は然也の正面にまわりこんだ。
「『あのこと』って?」
わかってはいるが一応尋ねてみる。せめてもの時間稼ぎだ。
「私が外国で勉強したいと言ったこと」
「べつに。君の選択に口を挟むつもりはないさ」
「だって、あれから連絡とれなかったじゃない」
「忙しかっただけさ」
桃香は軽くため息をついた。
彼女のことだから、本心をとっくに見抜ぬいているに違いない。だがそれをあからさまにして墓穴を掘るのはいくらなんでもまずい。往生際が悪いと思いつつ、然也は東の地平線を指した。わずかに灰色の空が明るんでいる。
「ほら」
「なに?」
「初日の出だ」
然也はCギアを取り出し、時刻を確かめる。
「今日の日の出は7時5分。つまりちょうど今ってことさ」
そして地平線へと視線を飛ばした。
桃香は素直に然也の視線の先を追う。二人は肩を並べて同じ景色を眺めた。しばらくしてクスッと桃香が笑った。
「あまりおめでたい気はしないわね、正直なところ」
「外の日の出なんてこんなものさ」
「それに、本当の日の出は7時10分よ」
「なんだ。……やっぱりバレてたのか」
「もう、然さんたら!」
桃香は楽しそうに笑い声をたてた。ふと風が止み、空気が和らぐ。彼女といられることが奇跡だと思う瞬間だった。同時に混沌としていた然也の心がすっとクリアになる。
桃香がまっすぐに然也を見上げてきた。
「……ねぇ、ちゃんと帰ってくるから。ほんの一年間のことでしょう?」
「一年間と言ったって、人生途中で何があるかわからないんだ。特に君はステップアップのために行くんだろ? だったら余計にそんな怪しい約束はしない方がいい」
「やっぱり怒っているのね」
「そういうことじゃない」
「私のこと、信じられない?」
「信じる信じないの問題じゃなくて、オレが気にしているのは、君が約束を気にして自由に動き回れなくなることだ」
これは心底偽りない考えだった。なぜ桃香と離れようと思ったかといえば、彼女の足かせにはなりたくなかったからだ。鳥は鳥かごに入れてはいけない。それが美しく気高くあるほど。
「然さん……」
桃香の目はどこか寂しげだ。たぶん、彼女が本当に欲しい答えとは違うのだろう。それでもほかに言いようがない。
桃香がそっと身体をもたせかけてきた。分厚い防寒コート同士が触れ合って、乾いた音をたてる。ほんのしばらく迷って、然也はほっそりと丸みを帯びた肩に腕をのばしかけた。すると桃香はすっと身体を起こし、ため息まじりにつぶやいたのだった。
「なんだか遠いわね、いろいろと」
「ああ、確かに」
――1年の境目なんて、どこに線が引いてあるわけでもないのにな。
分厚い強化ガラス越しに、少しずつ明るさを増す「外」の地平線を眺めながら然也はつぶやいた。2174年を迎えて数時間後のことだ。
見えない線引きを求めてなぜか人は元日の朝日を寿ぎたがる。この時代、いわゆる初日の出はドームの天井に映し出された太陽の幻影にすぎないが、ドームの住人のほとんどは、その幻影が姿を現す瞬間にお祭り騒ぎをする。
だが、いくら「初」のつくものがめでたいからといって、そんな代替品を拝む気にはなれない然也は、例によって外で日の出を迎えるつもりだった。まわりには同類と思しき人影がちらほちいて、やはり外の様子をうかがっている。その中で本気で外で日の出を拝もうという奴は多くて3割だろう。賭けてもいい。
彼は時刻を確かめると分厚い防寒コートに袖を通し、防塵マスクと手袋をつけた。この時期の外は半端じゃなく寒い。抜群の断熱効果を持つ外用のコートを身につけていても、外でじっと待てるのはせいぜい30分だ。
二重になっている扉の一つ目に手をかけたとき、ふと桃香のことが頭をよぎった。彼女は「外」で日の出を見たいと思うだろうか。
いや、いくらなんでもそれはないだろう。彼は半ば強引に打ち消した。なにしろドームの内側と違って、灰色の空の下、土ぼこりや寒さに耐えながらいつ顔を出したのかはっきりわからない太陽を拝もうというのだ。まともな感覚の持ち主なら遠慮するのが普通だ。なにより、彼女には一緒に新年を祝う家族がいるが、すでに両親を亡くし一人で暮らしている然也にとって、正月休みはただの連休でしかない。
そこなんだ、と然也は思う。桃香とは育った環境も価値観もずい分違う。自分が桃香に惹かれるのは当然としても、彼女が何を思って自分につき合ってくれるのか謎だった。いつまでもこんな幸運が続くわけがない。
現に6日前のクリスマスの朝、彼女は突然留学すると告げた。彼には思いもつかないことだった。同時に、彼女が簡単にそういうことができてしまう世界の住人なのだと思い知らされた。生まれた時の環境や学歴や仕事の内容によって、世の中にははっきりとは口にされない微妙な階級が出来上がっている。
あれ以来、彼女とは会うどころか声も聞いていない。直接話がしたいと何度かCギアに連絡が入ったが、会ったところでどんな話をしたらいいんだと考えはじめると、返信も億劫になった。いっそ、このまま離れていった方が彼女のためになるのかもしれないとさえ思う。
然也は二つ目の扉の取っ手に手をかけた。ロックをはずすと、痛いほどの冷気が吹き込んでくる。彼はその冷たさを待っていたとばかりに荒れた大地へ足を踏み入れた。
崩れかかった古い建物に降り積もった土ぼこりが、強い北風に吹かれて舞い上がる。足元には、ごく弱い光で育つ地衣植物が何層にも重なって茂り、うっかりすると足を取らた。そんな中を彼は川に向かって歩いた。
ドームの近くに大きな川の跡がある。今でこそ流れの大部分は地下に染み込んで、小川のような水の筋しか見えないが、かつての川幅は200メートルはあろうかというほど広かったようだ。堤防に登ると東南の空がよく見渡せた。オカリナ工房で働き始めた年にこの場所を知って、それ以来毎年ここで初日の出を迎えることにしていた。
十分も歩くと、堤防が見えてきた。その上に人影が二つ並んでいる。1つはすらりと背の高いシルエット。もう1つはやや小柄で華奢なシルエット。ときどき影がゆれて、なにやら楽しそうに語り合っている風に見える。
――このクソ寒い中でデートとはご苦労なことだ。
つい毒づいてしまう然也だったが、さらに数十メートル進むと、それが見覚えのある影だと気がついた。
ひとつは音無だ。彼が外にいるのは珍しいことではない。だが、彼のそばにいるのは誰なのか。女性ならなおさら心当たりがない。
「うわっ」
観察しながら進むうちに、もつれた枯れ草に足を取られて転びそうになった。どうにか持ち直したところで、堤防の上から呼び声がした。桃香だった。
「なんで桃さんがいるんだ!」
思わず然也は堤防まで駆け上がった。防塵マスクのせいでたちまち息が切れる。このマスクは激しい運動には向いていないのだ。
立ち止まって肩で息をする然也に音無がいつもの落ち着いた口調で話し掛けてきた。
「そろそろ来る時分だと思ってましたが、そんなにあわてなくても、まだ日の出には間に合いますよ」
あわてたのは日の出の時間がどうこうという問題じゃないだろうという台詞が喉もとまで出かかったが、ぐっとおさえ、代わりに目で無言の抗議をする。
すると桃香がとりなすように告げた。
「ここで初日の出を待っていれば必ずあなたに会えるって音無さんが教えてくれたの。ひとりじゃ場所がわからないだろうからって、いっしょに来てくれたのよ」
それで納得する然也ではない。
「だからって、こんな風が吹きさらすような場所で待たなくても……。扉の内側で待っていれば会えたはずだ。下手したら風邪をひくだろ」
音無が苦笑しつつ口をはさむ。
「君が姿をくらますものだから、桃香さんはひどく心配して、ついに私のところにまで連絡をよこしたんですよ」
「別に隠れてたわけじゃない」
然也はわずかに音無から視線をそらした。
「Cギアへの通信を無視し続けていれば同じことでしょう」
然也は答えに詰まった。そう言われてはどうにも分が悪い。
「どうしても外で待ちたいと言ったのは私なんだから、音無さんを責めないで」
桃香がきっぱり言い切った。
ああ、と然也は心の中でため息をついた。彼女は時としてこういうこだわりというか、頑固なところを見せる。こうなるとどうにもならない。然也は心の中で白旗を立てた。
「まったく、桃さんには敵わないや。降参だ」
「やだ、降参だなんて、そんなつもりはないのに」
音無がふっと微笑むのがわかった。実際に見えるわけではないが空気でわかる。そもそもこの二人が相手では敵うわけがない。
「それじゃ、私はもう行きますから」
音無は堤防を下りかけた。
「一緒に夜明けを見ないんですか」
桃香が呼び止める。
「1人で楽しむ秘密の場所があるんですよ」
そして足早に去っていった。いつもと変わらない冷静で自信にあふれた後ろ姿を見ていると、あながちその場しのぎの言い訳でもなさそうだった。それに、音無もまた孤独を背負っているのだと然也は知っている。時に反発を感じつつ彼の元で仕事を続けているのは、それも理由のひとつだった。
「あのこと、怒ってるのね?」
音無の姿が見えなくなると、桃香は然也の正面にまわりこんだ。
「『あのこと』って?」
わかってはいるが一応尋ねてみる。せめてもの時間稼ぎだ。
「私が外国で勉強したいと言ったこと」
「べつに。君の選択に口を挟むつもりはないさ」
「だって、あれから連絡とれなかったじゃない」
「忙しかっただけさ」
桃香は軽くため息をついた。
彼女のことだから、本心をとっくに見抜ぬいているに違いない。だがそれをあからさまにして墓穴を掘るのはいくらなんでもまずい。往生際が悪いと思いつつ、然也は東の地平線を指した。わずかに灰色の空が明るんでいる。
「ほら」
「なに?」
「初日の出だ」
然也はCギアを取り出し、時刻を確かめる。
「今日の日の出は7時5分。つまりちょうど今ってことさ」
そして地平線へと視線を飛ばした。
桃香は素直に然也の視線の先を追う。二人は肩を並べて同じ景色を眺めた。しばらくしてクスッと桃香が笑った。
「あまりおめでたい気はしないわね、正直なところ」
「外の日の出なんてこんなものさ」
「それに、本当の日の出は7時10分よ」
「なんだ。……やっぱりバレてたのか」
「もう、然さんたら!」
桃香は楽しそうに笑い声をたてた。ふと風が止み、空気が和らぐ。彼女といられることが奇跡だと思う瞬間だった。同時に混沌としていた然也の心がすっとクリアになる。
桃香がまっすぐに然也を見上げてきた。
「……ねぇ、ちゃんと帰ってくるから。ほんの一年間のことでしょう?」
「一年間と言ったって、人生途中で何があるかわからないんだ。特に君はステップアップのために行くんだろ? だったら余計にそんな怪しい約束はしない方がいい」
「やっぱり怒っているのね」
「そういうことじゃない」
「私のこと、信じられない?」
「信じる信じないの問題じゃなくて、オレが気にしているのは、君が約束を気にして自由に動き回れなくなることだ」
これは心底偽りない考えだった。なぜ桃香と離れようと思ったかといえば、彼女の足かせにはなりたくなかったからだ。鳥は鳥かごに入れてはいけない。それが美しく気高くあるほど。
「然さん……」
桃香の目はどこか寂しげだ。たぶん、彼女が本当に欲しい答えとは違うのだろう。それでもほかに言いようがない。
桃香がそっと身体をもたせかけてきた。分厚い防寒コート同士が触れ合って、乾いた音をたてる。ほんのしばらく迷って、然也はほっそりと丸みを帯びた肩に腕をのばしかけた。すると桃香はすっと身体を起こし、ため息まじりにつぶやいたのだった。
「なんだか遠いわね、いろいろと」
「ああ、確かに」
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