心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
ブログのプロフィール
〈管理人名〉 O-bake
〈趣味〉 創作とクラシック音楽
〈主な内容〉
創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで
〈お願い〉
時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。
〈連絡先〉
管理人へのメッセージは、こちらのフォームからどうぞ
〈本家ブログ〉
びおら弾きの微妙にズレた日々
(一方通行です)
〈趣味〉 創作とクラシック音楽
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2008年ハロウィン祭りのために書いた話です。
歩絵夢ちゃんに4度目の登場を願いました。すでにシリーズ化の気配が漂っております(汗)
彼女がどうして後々びおらを弾く羽目になったのか、その本当の原因がここにあります。
って、彼女がびおらを弾く話は、まだここには載せてませんでしたね。それはまたそのうちに……。
歩絵夢ちゃんに4度目の登場を願いました。すでにシリーズ化の気配が漂っております(汗)
彼女がどうして後々びおらを弾く羽目になったのか、その本当の原因がここにあります。
って、彼女がびおらを弾く話は、まだここには載せてませんでしたね。それはまたそのうちに……。
幻のカルテット
ネオンの灯り始めた駅前を歩絵夢(ぽえむ)は歩く。高校の授業が終わり、これから学習塾へ向かうところだった。受験対策の講座が始まる時間まで間があるので、コンビニで軽食を調達し、駅の向かいに建つターミナルビルへ足を向けた。そこの1階と2階は、書店やCDショップ、雑貨屋などが入っている。
歩絵夢は迷わず2階の書店に入った。階段を上って右に折れると、笑うカボチャに出迎えられた。ジャック・オ・ランタンだった。魔女やオバケの本も目についた。児童書コーナーはハロウィン色に染まっている。
去年はこんな派手な飾り付けをしていなかった覚えがあって、歩絵夢はわずかに首をかしげた。
ハロウィン――万聖節の前の晩、死者の魂が蘇り、精霊や魔女とともに闊歩するという夜。もともとはケルト起源の祭りで、ケルト人にとっては感謝祭であると同時に新たな1年の始まりを祝う大切な日だった。ジャック・オ・ランタンは闊歩する魔を家に入れないためのお守り。日本でいえば節分に飾るイワシの頭とヒイラギのようなもの。
(ケルト人にとっては大切な祭りも、日本人にかかったら商売のネタだね。だからってどうだってこともないけど)
歩絵夢はカボチャたちを一瞥すると、科学雑誌のコーナーへ直進した。「ワールド・フォトグラフィック」の新刊が出ているはずだった。ライトノベルとか携帯小説の棚はいつも遠慮している。
彼女は名前に反して、小さなころからメルヘンなものや可愛らしいと言われるものが苦手だった。フリルのついたブラウスやピンクのワンピースを着せられるのは嫌でしかたなかったし、人形遊びよりミニカーを走らせるほうが好きだった。
その後歩絵夢の興味は、この世の中で何が起きているか、どうして起きたのかという事実を知ることへ向き、事典やノンフィクション系の本を読むのが趣味になった。逆に、この世ならぬ場所でありえない魔法の類が活躍する物語には、高3の今でもなじめない。
「そろそろ時間かな」
階段をまったりと下りる歩絵夢の目に、再びカボチャの笑い顔が目に入った。階段わきの雑貨屋に置いてあるハロウィンの小物だ。そのカボチャは小さな植木鉢になっていて、頭にはパイナップルの葉にも似た観葉植物を生やしている。つくつく生えている緑の葉は、ヘアワックスで逆立てたワイルドな髪型に見えるが、顔がへらへら笑っているためにものすごくまぬけに見えた。いっそサボテンのほうがマシと思って、想像してみた歩絵夢は吹きそうになった。それから時計を見て、あわてて塾へと走っていった。
塾の講義が終わると8時半だった。建物から吐き出される受験生に混じって横断歩道を渡り、駅へと流れかけた歩絵夢だったが、不意にターミナルビルへと向きを変えた。もし閉店が9時ならまだ間に合う。講義の間中、どうしたわけかまぬけカボチャの顔が頭から離れなかったのだ。
それから10分後。
「ありがとうございました」
レジの人がにっこりと頭をさげ、歩絵夢は観葉植物つきのカボチャの鉢が入った小さなポリ袋を手にさげていた。その雑貨屋で初めての買い物だった。
ビルを出た歩絵夢の耳に奇妙な音が聞こえてきた。奇妙といっても、何かのうなり声とかではなく、雑踏には似つかわしくない優雅なひびきだ。聞き覚えのあるようなないような、懐かしいメロディ。
(バイオリンの音? それも何人かで弾いてる?)
歩絵夢は小学生のときに4年間ほどバイオリンを習ったことがある。父が友人から子ども用の小さなバイオリンを譲り受けたのがきっかけだった。最初は好奇心で習っていたが、練習が難しくなるにつれ、面倒になってやめてしまった。
こんな時間に屋外で誰が弾いているのだろうか。いったん気になるとどうしても確かめずにはいられない。歩絵夢は音に引き寄せられるようにターミナルビルをまわりこんだ。すると、まわりのビルやマンションに埋もれるようにして公園がある。ふだんは駅と塾の間しか歩かないからまったく気がつかなかった。バイオリンの音はそこから流れていた。
決してせまい公園ではない。遊具はわりと新しいようだし、あずまやもある。右端に石のステージがあって、街灯が弱々しくその上を照らしていた。4つの人影がイスにすわり、楽器を弾いている。向かって左から順に、バイオリン、バイオリン、バイオリン(にしてはちょっと大きいけれど)、そしてチェロ。弦楽四重奏、つまりカルテットだ。
カルテットのメンバーはは明らかに現代的ではない格好をしていた。びしっと整った巻き毛、膝まであるコートのような上着、しっかり首を守るネッカチーフに、半ズボン&タイツ――たぶん18世紀のヨーロッパを模した仮装だ。
(なかなか粋な仮装大会じゃない? それにこの曲は、えーっと「アイワクライネナントカ……」? )
歩絵夢は感心して4人をながめ、ちょうどステージの向かいにあるブランコに腰掛けた。音楽はまだ続いている。軽快でノリのいい響きがだんだん盛り上がり、坂を転げ落ちるように音階が鳴って、終止形のコード(和音)が響いた。それから約3秒の静寂。満足げなため息が聞こえたような気がした。拍手をしようかと思ってまわりを見渡した歩絵夢は「あれ?」と思った。観客がだれもいない。普通、生の弦楽器の音が聞こえたら、もう少し人が集まってもよさそうなものなのに。
歩絵夢がキョロキョロしているうちに、4人の演奏者たちは何かしゃべり始めた。これまた驚いたことに日本語じゃない。かといって英語でもない。もう少しひびきの硬い言語だ。なるほど、外国人がハロウィンにかこつけて仮装して遊んでいるのかもしれない。
最初は穏やかにぼそぼそ言い合っていた4人だが、だんだん熱を帯びて言い争いっぽくなってきた。耳が慣れてくるにつれ、歩絵夢にも彼らが何を言っているのか何となく伝わってくる。後から考えれば、この時点ですでにありえない状況に足を突っ込んでいたのだった。
「次は誰の曲を?」
「ワシのラズモフスキーを」
「あれは少々重たすぎないかね」
「じゃ、マエストロの弦楽四重奏にしようよ。ヒバリとかいいじゃん?」
「あんな古臭い中身のない音楽は真っ平ご免だ」
「中身がないとはなんだね?」
「決まらないなら次も僕の曲で決まりだね。はっ、『決まらないなら決まり』だってさ!」
左から3番目、微妙に大きいバイオリンを持っていた青年が、ヒステリックな声をあげて笑い出した。すると左から2番目に座っていた、ぼさぼさ頭のバイオリン弾きがいきなり立ち上がり、笑う男を睨みつける。左から1番目の長老格のバイオリニストが、まあまあと二人をなだめる。右端のチェロ弾きはニコニコと黙ったままだ。気になった歩絵夢がチェロ弾きを見ると、チェロ弾きも歩絵夢を見た。暗いのに目が合ったことだけはわかる。
「いらっしゃいませ、ようこそ!」
チェロ弾きが嬉しそうに叫んだ瞬間、4人の視線が歩絵夢に集中した。
「これはこれは生気溢れるお嬢さん。冥界のサロンコンサートへようこそ」
長老バイオリニストが優雅におじぎをした。歩絵夢もつられて返事をする。
「お招きありがとうございます。有名な音楽家の曲を聴けて嬉しいです」
そう、4人中3人までは誰を真似しているか見当がついた。音楽室に貼ってある肖像画に似ている。
急に歩絵夢のまわりでどよめく声が聞こえた。いつの間にか彼女のまわりは聴衆でいっぱいだった。服装は18世紀風とは限らない。むしろ現代日本人らしき人が多い。明かりが足りないせいか、どの顔も青白くはかなげに見えた。空気がすうっと冷えてきた。歩絵夢は寒くて震えはじめた。
「えっと、素敵な演奏をありがとうございました。わ、わたし、もう行かなくちゃ!」
それだけ言うと、歩絵夢はブランコから立ち上がろうとした。が、うまく足に力が入らない。くさりをつかむ手と腕に力が入る。
「この会場に入ってきて、ただで帰れるとは思ってないよね」
「それってどういうことです?」
歩絵夢はびくっと顔をあげた。左端から3番目の青年がにやにや笑いながら立ち上がった。聴衆の視線が前後左右から歩絵夢に集まる。つまり彼女は取り囲まれていた。
「せめてぼくたちと一曲弾かなくちゃ」
「無理ですっ」
すると、ぼさぼさ頭の男が立ち上がり、バイオリンの弓を歩絵夢に向かって突き出した。
「なに、ワシの曲が弾けん、だと?」
恐ろしいほどの迫力だ。
「そ、そういう意味じゃなくって、私バイオリンもチェロもできないんです」
歩絵夢は思わず半分だけの嘘を言った。彼女の本能が非常事態を察知していたらしい。
「なんと音楽のたしなみがないというのかね。それは大変よろしくない。わたしが手ほどきをしてあげよう」
長老格の男性も立ち上がった。こちらは先生のような風格がある。バイオリンを習うならこの人が一番良さそうだと思ったが、そのとき歩絵夢の手にさげていたポリ袋が光り始めた。うすい袋を通してまぬけなカボチャの笑顔が見える。歩絵夢にとってはたいした明るさではないのに、まわりの聴衆たちはあわてて顔を手で覆ったり背を向けたりしてしり込みし始めた。
(今のうちに逃げて!)
どこかから声が聞こえた。今なら足が立つ。歩絵夢は半分は無意識のうちに走り出した。公園から出ようとするまぎわ、彼女の背中に甲高い笑い声が届いた。
「バイオリンもチェロもダメなら、ヴィオラがあるさ! 君はそのうちヴィオラを弾くことになる。これはぼくたちの誘いを断った呪いだからね」
(ふん、呪いなんて信じないから! どうせこれもハロウィンイベントなんでしょ)
そして歩絵夢は駅まで走った。家についた歩絵夢はひどく身体がだるくて、翌日は丸一日熱を出して寝込む羽目になった。
それから一週間後、歩絵夢は塾の前にあの公園へ寄ってみた。石のステージはそのままだが後ろの壁は落書きでいっぱいだ。奇妙なコンサートのことを思い出しながらステージを眺める歩絵夢の足に、温かな何かがまとわりついた。びっくりして目をやると、茶色のポメラニアンがじゃれついていた。
「こら! もう……。ごめんなさいね」
歩絵夢の母ぐらいの年のおばさんが、おっとりと謝る。
「いえ、だいじょぅぶですよ。犬は平気だし」
歩絵夢はしゃがんで犬をなで、おばさんを見あげた。笑顔を作ろうとしてはっとした。この間のチェロ弾きのおじさんと顔つきが似ている気がした。
「ここね、公園ができる前は名曲喫茶があったんですよ。亡くなった父がマスターをしていました。あなたのような若い方は『名曲喫茶』といっても何のことかおわかりにならないでしょうけど」
「いえ、いちおう知ってます。クラシック音楽がいつも流れていてリクエストもできる喫茶店でしょう?」
聞かれもしないのに突然昔のことを語りだしたおばさんは、心からうれしそうにほほえんだ。それからしばらく歩絵夢はおばさんの昔話に素直に耳を傾けた。が、ハロウィンの夜に奇妙なコンサートにまぎれこんだことは黙っていた。その時になって初めて、あのカルテットの面々が仮装していたわけではなかったのだと気づいて何も言えなくなったからだった。
ネオンの灯り始めた駅前を歩絵夢(ぽえむ)は歩く。高校の授業が終わり、これから学習塾へ向かうところだった。受験対策の講座が始まる時間まで間があるので、コンビニで軽食を調達し、駅の向かいに建つターミナルビルへ足を向けた。そこの1階と2階は、書店やCDショップ、雑貨屋などが入っている。
歩絵夢は迷わず2階の書店に入った。階段を上って右に折れると、笑うカボチャに出迎えられた。ジャック・オ・ランタンだった。魔女やオバケの本も目についた。児童書コーナーはハロウィン色に染まっている。
去年はこんな派手な飾り付けをしていなかった覚えがあって、歩絵夢はわずかに首をかしげた。
ハロウィン――万聖節の前の晩、死者の魂が蘇り、精霊や魔女とともに闊歩するという夜。もともとはケルト起源の祭りで、ケルト人にとっては感謝祭であると同時に新たな1年の始まりを祝う大切な日だった。ジャック・オ・ランタンは闊歩する魔を家に入れないためのお守り。日本でいえば節分に飾るイワシの頭とヒイラギのようなもの。
(ケルト人にとっては大切な祭りも、日本人にかかったら商売のネタだね。だからってどうだってこともないけど)
歩絵夢はカボチャたちを一瞥すると、科学雑誌のコーナーへ直進した。「ワールド・フォトグラフィック」の新刊が出ているはずだった。ライトノベルとか携帯小説の棚はいつも遠慮している。
彼女は名前に反して、小さなころからメルヘンなものや可愛らしいと言われるものが苦手だった。フリルのついたブラウスやピンクのワンピースを着せられるのは嫌でしかたなかったし、人形遊びよりミニカーを走らせるほうが好きだった。
その後歩絵夢の興味は、この世の中で何が起きているか、どうして起きたのかという事実を知ることへ向き、事典やノンフィクション系の本を読むのが趣味になった。逆に、この世ならぬ場所でありえない魔法の類が活躍する物語には、高3の今でもなじめない。
「そろそろ時間かな」
階段をまったりと下りる歩絵夢の目に、再びカボチャの笑い顔が目に入った。階段わきの雑貨屋に置いてあるハロウィンの小物だ。そのカボチャは小さな植木鉢になっていて、頭にはパイナップルの葉にも似た観葉植物を生やしている。つくつく生えている緑の葉は、ヘアワックスで逆立てたワイルドな髪型に見えるが、顔がへらへら笑っているためにものすごくまぬけに見えた。いっそサボテンのほうがマシと思って、想像してみた歩絵夢は吹きそうになった。それから時計を見て、あわてて塾へと走っていった。
塾の講義が終わると8時半だった。建物から吐き出される受験生に混じって横断歩道を渡り、駅へと流れかけた歩絵夢だったが、不意にターミナルビルへと向きを変えた。もし閉店が9時ならまだ間に合う。講義の間中、どうしたわけかまぬけカボチャの顔が頭から離れなかったのだ。
それから10分後。
「ありがとうございました」
レジの人がにっこりと頭をさげ、歩絵夢は観葉植物つきのカボチャの鉢が入った小さなポリ袋を手にさげていた。その雑貨屋で初めての買い物だった。
ビルを出た歩絵夢の耳に奇妙な音が聞こえてきた。奇妙といっても、何かのうなり声とかではなく、雑踏には似つかわしくない優雅なひびきだ。聞き覚えのあるようなないような、懐かしいメロディ。
(バイオリンの音? それも何人かで弾いてる?)
歩絵夢は小学生のときに4年間ほどバイオリンを習ったことがある。父が友人から子ども用の小さなバイオリンを譲り受けたのがきっかけだった。最初は好奇心で習っていたが、練習が難しくなるにつれ、面倒になってやめてしまった。
こんな時間に屋外で誰が弾いているのだろうか。いったん気になるとどうしても確かめずにはいられない。歩絵夢は音に引き寄せられるようにターミナルビルをまわりこんだ。すると、まわりのビルやマンションに埋もれるようにして公園がある。ふだんは駅と塾の間しか歩かないからまったく気がつかなかった。バイオリンの音はそこから流れていた。
決してせまい公園ではない。遊具はわりと新しいようだし、あずまやもある。右端に石のステージがあって、街灯が弱々しくその上を照らしていた。4つの人影がイスにすわり、楽器を弾いている。向かって左から順に、バイオリン、バイオリン、バイオリン(にしてはちょっと大きいけれど)、そしてチェロ。弦楽四重奏、つまりカルテットだ。
カルテットのメンバーはは明らかに現代的ではない格好をしていた。びしっと整った巻き毛、膝まであるコートのような上着、しっかり首を守るネッカチーフに、半ズボン&タイツ――たぶん18世紀のヨーロッパを模した仮装だ。
(なかなか粋な仮装大会じゃない? それにこの曲は、えーっと「アイワクライネナントカ……」? )
歩絵夢は感心して4人をながめ、ちょうどステージの向かいにあるブランコに腰掛けた。音楽はまだ続いている。軽快でノリのいい響きがだんだん盛り上がり、坂を転げ落ちるように音階が鳴って、終止形のコード(和音)が響いた。それから約3秒の静寂。満足げなため息が聞こえたような気がした。拍手をしようかと思ってまわりを見渡した歩絵夢は「あれ?」と思った。観客がだれもいない。普通、生の弦楽器の音が聞こえたら、もう少し人が集まってもよさそうなものなのに。
歩絵夢がキョロキョロしているうちに、4人の演奏者たちは何かしゃべり始めた。これまた驚いたことに日本語じゃない。かといって英語でもない。もう少しひびきの硬い言語だ。なるほど、外国人がハロウィンにかこつけて仮装して遊んでいるのかもしれない。
最初は穏やかにぼそぼそ言い合っていた4人だが、だんだん熱を帯びて言い争いっぽくなってきた。耳が慣れてくるにつれ、歩絵夢にも彼らが何を言っているのか何となく伝わってくる。後から考えれば、この時点ですでにありえない状況に足を突っ込んでいたのだった。
「次は誰の曲を?」
「ワシのラズモフスキーを」
「あれは少々重たすぎないかね」
「じゃ、マエストロの弦楽四重奏にしようよ。ヒバリとかいいじゃん?」
「あんな古臭い中身のない音楽は真っ平ご免だ」
「中身がないとはなんだね?」
「決まらないなら次も僕の曲で決まりだね。はっ、『決まらないなら決まり』だってさ!」
左から3番目、微妙に大きいバイオリンを持っていた青年が、ヒステリックな声をあげて笑い出した。すると左から2番目に座っていた、ぼさぼさ頭のバイオリン弾きがいきなり立ち上がり、笑う男を睨みつける。左から1番目の長老格のバイオリニストが、まあまあと二人をなだめる。右端のチェロ弾きはニコニコと黙ったままだ。気になった歩絵夢がチェロ弾きを見ると、チェロ弾きも歩絵夢を見た。暗いのに目が合ったことだけはわかる。
「いらっしゃいませ、ようこそ!」
チェロ弾きが嬉しそうに叫んだ瞬間、4人の視線が歩絵夢に集中した。
「これはこれは生気溢れるお嬢さん。冥界のサロンコンサートへようこそ」
長老バイオリニストが優雅におじぎをした。歩絵夢もつられて返事をする。
「お招きありがとうございます。有名な音楽家の曲を聴けて嬉しいです」
そう、4人中3人までは誰を真似しているか見当がついた。音楽室に貼ってある肖像画に似ている。
急に歩絵夢のまわりでどよめく声が聞こえた。いつの間にか彼女のまわりは聴衆でいっぱいだった。服装は18世紀風とは限らない。むしろ現代日本人らしき人が多い。明かりが足りないせいか、どの顔も青白くはかなげに見えた。空気がすうっと冷えてきた。歩絵夢は寒くて震えはじめた。
「えっと、素敵な演奏をありがとうございました。わ、わたし、もう行かなくちゃ!」
それだけ言うと、歩絵夢はブランコから立ち上がろうとした。が、うまく足に力が入らない。くさりをつかむ手と腕に力が入る。
「この会場に入ってきて、ただで帰れるとは思ってないよね」
「それってどういうことです?」
歩絵夢はびくっと顔をあげた。左端から3番目の青年がにやにや笑いながら立ち上がった。聴衆の視線が前後左右から歩絵夢に集まる。つまり彼女は取り囲まれていた。
「せめてぼくたちと一曲弾かなくちゃ」
「無理ですっ」
すると、ぼさぼさ頭の男が立ち上がり、バイオリンの弓を歩絵夢に向かって突き出した。
「なに、ワシの曲が弾けん、だと?」
恐ろしいほどの迫力だ。
「そ、そういう意味じゃなくって、私バイオリンもチェロもできないんです」
歩絵夢は思わず半分だけの嘘を言った。彼女の本能が非常事態を察知していたらしい。
「なんと音楽のたしなみがないというのかね。それは大変よろしくない。わたしが手ほどきをしてあげよう」
長老格の男性も立ち上がった。こちらは先生のような風格がある。バイオリンを習うならこの人が一番良さそうだと思ったが、そのとき歩絵夢の手にさげていたポリ袋が光り始めた。うすい袋を通してまぬけなカボチャの笑顔が見える。歩絵夢にとってはたいした明るさではないのに、まわりの聴衆たちはあわてて顔を手で覆ったり背を向けたりしてしり込みし始めた。
(今のうちに逃げて!)
どこかから声が聞こえた。今なら足が立つ。歩絵夢は半分は無意識のうちに走り出した。公園から出ようとするまぎわ、彼女の背中に甲高い笑い声が届いた。
「バイオリンもチェロもダメなら、ヴィオラがあるさ! 君はそのうちヴィオラを弾くことになる。これはぼくたちの誘いを断った呪いだからね」
(ふん、呪いなんて信じないから! どうせこれもハロウィンイベントなんでしょ)
そして歩絵夢は駅まで走った。家についた歩絵夢はひどく身体がだるくて、翌日は丸一日熱を出して寝込む羽目になった。
それから一週間後、歩絵夢は塾の前にあの公園へ寄ってみた。石のステージはそのままだが後ろの壁は落書きでいっぱいだ。奇妙なコンサートのことを思い出しながらステージを眺める歩絵夢の足に、温かな何かがまとわりついた。びっくりして目をやると、茶色のポメラニアンがじゃれついていた。
「こら! もう……。ごめんなさいね」
歩絵夢の母ぐらいの年のおばさんが、おっとりと謝る。
「いえ、だいじょぅぶですよ。犬は平気だし」
歩絵夢はしゃがんで犬をなで、おばさんを見あげた。笑顔を作ろうとしてはっとした。この間のチェロ弾きのおじさんと顔つきが似ている気がした。
「ここね、公園ができる前は名曲喫茶があったんですよ。亡くなった父がマスターをしていました。あなたのような若い方は『名曲喫茶』といっても何のことかおわかりにならないでしょうけど」
「いえ、いちおう知ってます。クラシック音楽がいつも流れていてリクエストもできる喫茶店でしょう?」
聞かれもしないのに突然昔のことを語りだしたおばさんは、心からうれしそうにほほえんだ。それからしばらく歩絵夢はおばさんの昔話に素直に耳を傾けた。が、ハロウィンの夜に奇妙なコンサートにまぎれこんだことは黙っていた。その時になって初めて、あのカルテットの面々が仮装していたわけではなかったのだと気づいて何も言えなくなったからだった。
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