心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
ブログのプロフィール
〈管理人名〉 O-bake
〈趣味〉 創作とクラシック音楽
〈主な内容〉
創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで
〈お願い〉
時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。
〈連絡先〉
管理人へのメッセージは、こちらのフォームからどうぞ
〈本家ブログ〉
びおら弾きの微妙にズレた日々
(一方通行です)
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2006年、あるサイトでの企画参加作品です。お題は「冬」チャイコフスキーの作品を引っ張ってきました。
「冬の日の幻想」
今多歩絵夢(ぽえむ)は、地下鉄に乗り込むと、空席をさがした。運良く端の席が空いていて、彼女はすわるなり、マフラーと手袋をはずした。車内は暖房がききすぎて暑いぐらいだった。天井では「春のコーディネート攻略法」などと気の早い吊り広告が、ふわりふわりとゆれている。
午後2時という時間帯は、さすがの地下鉄もすいていて、大きな荷物──すなわち、ビオラケースの置き所に困ることはなかった。人目をはばかることなく、足元に置ける。
この日は、歩絵夢は、調整に出していたビオラを受け取りに楽器店まで行ってきたのだった。家に帰る前に、また大学の練習室に寄ってしばらく楽器を鳴らしてくるつもりでいた。
そんな彼女を、母は
「あら、学校は春休みに入ったばかりじゃないの?」
と、不思議そうに送り出した。どうも母には、どれだけの練習をこなさなくてはいけないか、わかっていないらしい。
歩絵夢が、ビオラを弾くようになってから2年。大学に入学したてのころ、オーケストラ部の先輩学生につかまって、半ば強引に練習室に連れてこられたのが始まりだった。
そこで歩絵夢は延々とオーケストラの魅力、とりわけ「内声の美」について聞かされた。幸か不幸か、その先輩はビオラ弾きだった。慢性的な人材不足で悩むビオラパートは、毎年、進入部員獲得に余念がないのだ。
その熱い語りと幅広い音楽の知識に心を動かされた歩絵夢は、勢いで入部届にサインをしたのだが──。
当の先輩は夏休みにアメリカへ留学に行ったきり戻ってこなかった。撃たれたとかいう物騒な話ではなく、向こうの生活がすっかり気に入って向こうの大学を出ると決めたらしい。
しかし、がっかりしている暇はなかった。彼女はまったくの初心者と違って、多少はバイオリンの心得があったから、同期で入った子たちよりは少しばかり上手く弾けた。残されたビオラパートの先輩は、それを幸運とばかりに、いきなり演奏会のサブ曲のトップをまかせ、今年はついにメイン曲のトップをまかせたのだった。
先輩を差し置いてトップを務めるというのは多少気がひけないこともないが、ビオラの先輩たちは、そのあたり、こだわらないというか、むしろ後ろで弾いたほうが気が楽だと言っている。実際、歩絵夢の方がリズム感も音感も良かったりするのが悲しい。
地下鉄のゆれを感じつつ、歩絵夢は、脇に置いたトートバックからヘッドフォンとスコアを引っ張り出した。CDプレーヤーの再生ボタンを押し、スコアをめくる。曲のタイトルは「交響曲第一番〈春〉」。シューマンの作だ。5月の定期演奏会で弾くことになっていた。
しばらくして、歩絵夢はため息をつきながらヘッドフォンをはずした。何度聴いても、好きになれないし、あまり出来のいいシンフォニーとも思えなかった。
(なーんか、こう、やぼったいのよね。冒頭なんてファンファーレからしてドロドロしてるし、3楽章はおちゃらけたダンスみたいだし、2楽章なんて、ほんと、最低)
センスが良くないのはともかく、許せないのはビオラの扱いだった。この曲では、いつもビオラの音が他の楽器にうもれてしまう。2楽章など、バイオリンにはあんなに美しいメロディを弾かせておいて、ビオラは難儀な6連符のアルペジオの伴奏。しかも、どれだけ頑張って正確に弾いても合奏ではほとんど聞こえなくなってしまう。
歩絵夢は昨年弾いた〈運命〉の2楽章を思いだす。あれは本当に弾きがいがあった。冒頭からおいしいメロディが弾けるだけでなく、伴奏にまわってもなお、ハーモニーの美しさ、メロディを支える充実感を堪能できたのに。
しかし当分はこの、わけのわからない〈春〉と付き合わなくてはならなかった。
3駅ほど過ぎると、少しずつ人が増えてきた。そろそろ高校生の下校時刻だった。歩絵夢は、足元に寝かせてあったビオラを取り上げ、ひざの間にはさんで立てた。すると、まるでそれを待っていたかのように、人が来て、空席だった歩絵夢のとなりにすわった。
いい年のオジサンだった。いや、白髪の混じり具合とシワのより具合からすると、もっと年が行っているようだった。仕立ての良さそうなスーツを着こなしていて、袖口からちらりと見える腕時計も高級感がある。どこかの会社の重役かとも思ったが、重役が公共機関で移動するはずもない。怪しくはないけどヘンなお爺さんだと歩絵夢は思った。
その老人は、コートを抱えて座るや、背広の内ポケットからiPodらしきものを取り出した。そして、ゆっくりとではあるが、確実な手つきでヘッドフォンを耳にはめ、再生ボタンを押した。音が小さくもれてくる。耳があまり良くないのかもれしないが、ちょっと迷惑かも、と歩絵夢は同情半分で黙って見ていた。
それから数分後、いきなりもれてくる音が大きくなって、歩絵夢は思わずとなりをにらみつけた。すると、その視線に気づいた老人は、すまないね、と手を上げてあやまり、停止ボタンを押した。それから歩絵夢のひざの間にある、楽器ケースに目をやった。
「ほう、お嬢さんはバイオリンをなさるのかね」
思っていたより張りのある声で、老人は歩絵夢に話しかけてきた。歩絵夢は少しばかりむっとしつつ答えた。しかたないと分かっていてもバイオリンと間違われるのは気分が良くない。
「いえ、ビオラです」
「ああ、ヴィオラ!」
その老人はしまったというように、片手を額にあて、ひとしきりビオラのケースを見つめた。
「オーケストラで?」
「は?」
老人は歩絵夢の顔をのぞきこんで、笑顔を作った。
「どこかのオーケストラで弾いているのかね?」
「ああ、大学の学生オケですけど」
結構わかってるお爺さんじゃない、と歩絵夢は思った。すると、老人は嬉しそうにうなずき、ヘッドフォンを差し出した。
「ちょうど、ベルリンフィルの演奏を聞いていたところだったんだよ。お嬢さんもいかがかな?」
「い……、いえ、結構です」
そのヘッドフォンは、ちょっとイヤ、と心の中でつぶやく。すると老人は彼女の気持ちを察したのか、指で彼女のヘッドフォンを指した。つまり自分のをつなぎ替えろということだろう。そこまでされては断れない。歩絵夢はヘッドフォンのジャックを抜いて老人の音楽再生プレーヤーに刺した。老人は再生ボタンに指をのせたまま言った。
「もし、曲のタイトルを当てたら」
「え?」
「当てたらご褒美がもらえるだろう」
「……」
とまどう歩絵夢の表情を楽しんでいるかのように、老人はボタンを押した。
ややあって、小さなトレモロが聞こえたかと思うと、不意にメロディが現れる。木管のユニゾンだった。
(ああ、この曲は!)
歩絵夢は音の世界に引きずり込まれていった。
そこは寒風吹きすさぶ大平原だった。大地は凍てつき、見渡す限り真っ白だ。ところどころに針葉樹の森が見え、そのわきにさびしく寄り添う集落が見える。厳しく、清冽な冬の風景だった。
集落がだんだん近づいてくる。夕暮れ時ともなると、それぞれの家にはランプがともされ、暖炉の火が大きくなる。食事の後は家族が暖炉のまわりにつどい、子どもたちは祖父母に昔話をせがむ。あるいは、親子で、夫婦でその日の出来事を語り、仕入れてきた噂話でもりあがる。
そこの人々は、肩を寄せ合って北風と雪を耐え、ひたすら春を待ち望むのだ。大地が緑に覆われ、あらゆる生き物が息を吹き返す日を。
そんな土地では、きっと春はゆっくりと地を這うようにやってくる。そして、春が来たときの喜びは、どうしようもないぐらい大きくて、踊りださずにはいられなくて……。
歩絵夢がそう感じ取ったとき、不意に違う曲の冒頭が頭の中に鳴り響いた。なじみのある、というよりはこれまでイヤと言うほど聞いたファンファーレだった。
(ああ、だから〈春〉の冒頭はあんな風なんだ!)
日本の春と、北ヨーロッパの春とでは、全然違うのだ。忍び寄る気配も荒々しさも喜びの度合いも。その瞬間、彼女はシューマンの〈春〉に歩み寄れた気がした。音楽は独立しているようで、それが生まれた時代や土地を背負っているのだ。
歩絵夢はヘッドフォンを外し、となりの老人にお礼を言おうとした。が、となりはもう空席で、彼女のヘッドフォンは自分のプレーヤーにつながっている。
「あれ……? さっきの人は?」
すると、歩絵夢の後ろのガラスがコンコンと鳴る。振り向くと、駅のホームにあの老人が立っている。発車ベルがうるさく鳴る中、歩絵夢は窓越しに叫んだ。
「チャイコフスキーの交響曲第一番!」
すると、老人は満足そうに微笑んで、エスカレーターの人ごみの中へ消えていった。コートに身を包み、帽子をかぶったその後姿は、なぜか日本人離れしていて寂しげで寒そうで、たとえばロシアの都会の雑踏の中にいたら、溶け込んでしまいそうだった。
「〈冬の日の幻想〉か……」
今多歩絵夢(ぽえむ)は、地下鉄に乗り込むと、空席をさがした。運良く端の席が空いていて、彼女はすわるなり、マフラーと手袋をはずした。車内は暖房がききすぎて暑いぐらいだった。天井では「春のコーディネート攻略法」などと気の早い吊り広告が、ふわりふわりとゆれている。
午後2時という時間帯は、さすがの地下鉄もすいていて、大きな荷物──すなわち、ビオラケースの置き所に困ることはなかった。人目をはばかることなく、足元に置ける。
この日は、歩絵夢は、調整に出していたビオラを受け取りに楽器店まで行ってきたのだった。家に帰る前に、また大学の練習室に寄ってしばらく楽器を鳴らしてくるつもりでいた。
そんな彼女を、母は
「あら、学校は春休みに入ったばかりじゃないの?」
と、不思議そうに送り出した。どうも母には、どれだけの練習をこなさなくてはいけないか、わかっていないらしい。
歩絵夢が、ビオラを弾くようになってから2年。大学に入学したてのころ、オーケストラ部の先輩学生につかまって、半ば強引に練習室に連れてこられたのが始まりだった。
そこで歩絵夢は延々とオーケストラの魅力、とりわけ「内声の美」について聞かされた。幸か不幸か、その先輩はビオラ弾きだった。慢性的な人材不足で悩むビオラパートは、毎年、進入部員獲得に余念がないのだ。
その熱い語りと幅広い音楽の知識に心を動かされた歩絵夢は、勢いで入部届にサインをしたのだが──。
当の先輩は夏休みにアメリカへ留学に行ったきり戻ってこなかった。撃たれたとかいう物騒な話ではなく、向こうの生活がすっかり気に入って向こうの大学を出ると決めたらしい。
しかし、がっかりしている暇はなかった。彼女はまったくの初心者と違って、多少はバイオリンの心得があったから、同期で入った子たちよりは少しばかり上手く弾けた。残されたビオラパートの先輩は、それを幸運とばかりに、いきなり演奏会のサブ曲のトップをまかせ、今年はついにメイン曲のトップをまかせたのだった。
先輩を差し置いてトップを務めるというのは多少気がひけないこともないが、ビオラの先輩たちは、そのあたり、こだわらないというか、むしろ後ろで弾いたほうが気が楽だと言っている。実際、歩絵夢の方がリズム感も音感も良かったりするのが悲しい。
地下鉄のゆれを感じつつ、歩絵夢は、脇に置いたトートバックからヘッドフォンとスコアを引っ張り出した。CDプレーヤーの再生ボタンを押し、スコアをめくる。曲のタイトルは「交響曲第一番〈春〉」。シューマンの作だ。5月の定期演奏会で弾くことになっていた。
しばらくして、歩絵夢はため息をつきながらヘッドフォンをはずした。何度聴いても、好きになれないし、あまり出来のいいシンフォニーとも思えなかった。
(なーんか、こう、やぼったいのよね。冒頭なんてファンファーレからしてドロドロしてるし、3楽章はおちゃらけたダンスみたいだし、2楽章なんて、ほんと、最低)
センスが良くないのはともかく、許せないのはビオラの扱いだった。この曲では、いつもビオラの音が他の楽器にうもれてしまう。2楽章など、バイオリンにはあんなに美しいメロディを弾かせておいて、ビオラは難儀な6連符のアルペジオの伴奏。しかも、どれだけ頑張って正確に弾いても合奏ではほとんど聞こえなくなってしまう。
歩絵夢は昨年弾いた〈運命〉の2楽章を思いだす。あれは本当に弾きがいがあった。冒頭からおいしいメロディが弾けるだけでなく、伴奏にまわってもなお、ハーモニーの美しさ、メロディを支える充実感を堪能できたのに。
しかし当分はこの、わけのわからない〈春〉と付き合わなくてはならなかった。
3駅ほど過ぎると、少しずつ人が増えてきた。そろそろ高校生の下校時刻だった。歩絵夢は、足元に寝かせてあったビオラを取り上げ、ひざの間にはさんで立てた。すると、まるでそれを待っていたかのように、人が来て、空席だった歩絵夢のとなりにすわった。
いい年のオジサンだった。いや、白髪の混じり具合とシワのより具合からすると、もっと年が行っているようだった。仕立ての良さそうなスーツを着こなしていて、袖口からちらりと見える腕時計も高級感がある。どこかの会社の重役かとも思ったが、重役が公共機関で移動するはずもない。怪しくはないけどヘンなお爺さんだと歩絵夢は思った。
その老人は、コートを抱えて座るや、背広の内ポケットからiPodらしきものを取り出した。そして、ゆっくりとではあるが、確実な手つきでヘッドフォンを耳にはめ、再生ボタンを押した。音が小さくもれてくる。耳があまり良くないのかもれしないが、ちょっと迷惑かも、と歩絵夢は同情半分で黙って見ていた。
それから数分後、いきなりもれてくる音が大きくなって、歩絵夢は思わずとなりをにらみつけた。すると、その視線に気づいた老人は、すまないね、と手を上げてあやまり、停止ボタンを押した。それから歩絵夢のひざの間にある、楽器ケースに目をやった。
「ほう、お嬢さんはバイオリンをなさるのかね」
思っていたより張りのある声で、老人は歩絵夢に話しかけてきた。歩絵夢は少しばかりむっとしつつ答えた。しかたないと分かっていてもバイオリンと間違われるのは気分が良くない。
「いえ、ビオラです」
「ああ、ヴィオラ!」
その老人はしまったというように、片手を額にあて、ひとしきりビオラのケースを見つめた。
「オーケストラで?」
「は?」
老人は歩絵夢の顔をのぞきこんで、笑顔を作った。
「どこかのオーケストラで弾いているのかね?」
「ああ、大学の学生オケですけど」
結構わかってるお爺さんじゃない、と歩絵夢は思った。すると、老人は嬉しそうにうなずき、ヘッドフォンを差し出した。
「ちょうど、ベルリンフィルの演奏を聞いていたところだったんだよ。お嬢さんもいかがかな?」
「い……、いえ、結構です」
そのヘッドフォンは、ちょっとイヤ、と心の中でつぶやく。すると老人は彼女の気持ちを察したのか、指で彼女のヘッドフォンを指した。つまり自分のをつなぎ替えろということだろう。そこまでされては断れない。歩絵夢はヘッドフォンのジャックを抜いて老人の音楽再生プレーヤーに刺した。老人は再生ボタンに指をのせたまま言った。
「もし、曲のタイトルを当てたら」
「え?」
「当てたらご褒美がもらえるだろう」
「……」
とまどう歩絵夢の表情を楽しんでいるかのように、老人はボタンを押した。
ややあって、小さなトレモロが聞こえたかと思うと、不意にメロディが現れる。木管のユニゾンだった。
(ああ、この曲は!)
歩絵夢は音の世界に引きずり込まれていった。
そこは寒風吹きすさぶ大平原だった。大地は凍てつき、見渡す限り真っ白だ。ところどころに針葉樹の森が見え、そのわきにさびしく寄り添う集落が見える。厳しく、清冽な冬の風景だった。
集落がだんだん近づいてくる。夕暮れ時ともなると、それぞれの家にはランプがともされ、暖炉の火が大きくなる。食事の後は家族が暖炉のまわりにつどい、子どもたちは祖父母に昔話をせがむ。あるいは、親子で、夫婦でその日の出来事を語り、仕入れてきた噂話でもりあがる。
そこの人々は、肩を寄せ合って北風と雪を耐え、ひたすら春を待ち望むのだ。大地が緑に覆われ、あらゆる生き物が息を吹き返す日を。
そんな土地では、きっと春はゆっくりと地を這うようにやってくる。そして、春が来たときの喜びは、どうしようもないぐらい大きくて、踊りださずにはいられなくて……。
歩絵夢がそう感じ取ったとき、不意に違う曲の冒頭が頭の中に鳴り響いた。なじみのある、というよりはこれまでイヤと言うほど聞いたファンファーレだった。
(ああ、だから〈春〉の冒頭はあんな風なんだ!)
日本の春と、北ヨーロッパの春とでは、全然違うのだ。忍び寄る気配も荒々しさも喜びの度合いも。その瞬間、彼女はシューマンの〈春〉に歩み寄れた気がした。音楽は独立しているようで、それが生まれた時代や土地を背負っているのだ。
歩絵夢はヘッドフォンを外し、となりの老人にお礼を言おうとした。が、となりはもう空席で、彼女のヘッドフォンは自分のプレーヤーにつながっている。
「あれ……? さっきの人は?」
すると、歩絵夢の後ろのガラスがコンコンと鳴る。振り向くと、駅のホームにあの老人が立っている。発車ベルがうるさく鳴る中、歩絵夢は窓越しに叫んだ。
「チャイコフスキーの交響曲第一番!」
すると、老人は満足そうに微笑んで、エスカレーターの人ごみの中へ消えていった。コートに身を包み、帽子をかぶったその後姿は、なぜか日本人離れしていて寂しげで寒そうで、たとえばロシアの都会の雑踏の中にいたら、溶け込んでしまいそうだった。
「〈冬の日の幻想〉か……」
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