心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
ブログのプロフィール
〈管理人名〉 O-bake
〈趣味〉 創作とクラシック音楽
〈主な内容〉
創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで
〈お願い〉
時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。
〈連絡先〉
管理人へのメッセージは、こちらのフォームからどうぞ
〈本家ブログ〉
びおら弾きの微妙にズレた日々
(一方通行です)
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例のシリーズもの再開です。本当は金木犀の香る季節に合わせたかったんですけどね……(遠い目)まだ秋だし、クリスマス小話の前に滑り込めてセーフ!てことで。
今回はプチ三部作です。A、O、Bのどれから読んでもらってもオッケーなようにしてあります。
それではとりあえずAパートからGo! 視点はちょっとお疲れ気味の桃香さん。
今回はプチ三部作です。A、O、Bのどれから読んでもらってもオッケーなようにしてあります。
それではとりあえずAパートからGo! 視点はちょっとお疲れ気味の桃香さん。
A trace of fragrance
SideA:桃香
ぼんやりと桃香は歩いていた。すぐわきをバスが通り過ぎ、風が薄い上着をゆらす。しかし風はたちまちおさまり、何事もなかったかのようだ。いやな排ガスもない。水素を燃料にしているだけあって静かなものだ。
仕事帰りだった。すでに太陽は西の地平にかかっていて、あたりは薄闇に包まれていた。あと20分もすれば街は夜の中に沈んでしまうだろう。それでも本当の闇にお目にかかることは難しい。ここでは「防犯」という名の下にどんなに寂れた路地にも薄ぼんやりと明かりが投げかけられているのだから。
桃香はわざと大通りをそれて、静かな住宅街の中を歩いた。
──夏に辞めたSさんね、亡くなったそうよ。
仕事中に、とある社員と交わした言葉が重くのしかかってくる。Sさんというのは、桃香が初めて担当したクライアントで、今年の4月に入社したものの、仕事に馴染めずに悩んでいた。桃香は懸命に支援したが結局実らず、Sさんは退職を選んだ。親しかった社員の話によると、その後心身ともに状態が悪化して療養施設に入り、それから数日もしないうちに自殺したのだという。
こういう精神的に大きなダメージを受けた場合は、上司なり先輩社員なりに報告して自分のケアを考えなくてはいけないのだが、桃香はそれも忘れて、通勤バスにも乗らず歩いて帰ろうとしていた。人の多い狭い車内であれこれ思い悩むなんて、想像しただけでもぞっとした。
桃香の中でいくつもの感情が渦巻いている。やりきれなさ、悔しさ、敗北感。そして疑問。
なぜ、彼女は生きることを止めなくてはいけなかったのか。
そもそも彼女の場合、死にたくなるほどつらい状況を抱えていたとは考えられなかった。家族に問題があったわけでもなく、物事に関して消極的なタイプではあったが人付き合いの能力が欠けていたわけでもない。調子が悪いといっても、それこそ環境の変化に馴染めず、心の風邪をひいてしまったぐらいの程度だと、精神衛生管理室の誰もが認識していた。だからこそ新人の桃香が彼女を担当することになったのだ。
それに桃香は致命的な過ちをしていないはずだった。それは上司が保証している。Sさんが会社を辞めると決断したときも、自分で生き方を選んだのだから、それも本人にとっては前進なのだと言われた。
──なのになぜ?
桃香は頭をふった。その拍子に、足に何かをひっかけて転びそうになった。
「きゃっ」
どうにか体勢を立て直した桃香は、道に転がっていたものを見て悲鳴を上げそうになった。男がひとり、横たわっていたのだ。ぎょっとしながらも彼女は男の様子を見た。年齢はよくわからない。見方によっては20代とも50代にも思える。目は虚ろに見開かれていて声をかけても反応はない。口はだらりと半開きで、手をかざすとわずかに息をしているのがわかった。あたりは住宅街だし、すぐ近くに公園があるものの人影がない。桃香は迷わずCギアを取り出して救急車を呼んだ。
「しっかりして下さい。今、救急車を呼びましたから」
桃香は男の耳元で話しかけた。返事を期待していなかったので、しわがれた声が発せられた時には驚いて飛びのきそうになった。だが何を言ったかはわからない。
「どうしました? 苦しいんですか」
すると男はむくりと身体を起こし、頭を抱えて激しくわめき始めた。やはり言葉は断片的にしか聞き取れない。桃香は見守るしかできなかった。
ほどなく救急車が来た。桃香が状況を説明している間に、男は手際よく担架に乗せられ、というよりは暴れるのでバンドでくくりつけられ車内へ運ばれていった。桃香から話を聞き終えた隊員も軽く頭を下げ、車に乗り込もうとした。
「ちょっと待ってください」
「はい?」
「あの人、大丈夫なんですか。命に別状は……?」
「今のところないでしょう。おそらく禁断症状ですよ。幻覚剤のね」
そう答えて隊員は軽く肩をすくめた。
「……ああ、そうでしたか」
桃香の身体の力が少し抜けた。麻薬とかドラッグとか言われる類の薬物が、裏の世界で出回っていることぐらい知ってる。もちろんそれは知識でしかなかったけれど。
「では失礼します」
隊員は車に乗り込み、後部ドアを閉めようとした。その瞬間男性のわめく声がひときわ大きくひびいた。
「ここから出せ、出してくれ! 天井なんて耐えられねぇ、頼むから外に出してくれよぉ……」
救急車はサイレンを鳴らし動き始めた。それを見送る桃香は雷に打たれたかのように立ち尽くす。
車に乗せられるのを嫌がる男、「外に出してくれ」という悲鳴に近い訴え。
さきほどまでバスを拒絶していた桃香自身と重なるものがあるのではないか。
──でも、「外」なんていったい何処のことを指すのかしら。
桃香は初めてドームの外へ出た時のことを思い出した。荒廃しているはずなのに不思議なエネルギーを感じさせる場所で、ひどい気候と重装備にもかかわらず解放感すら覚えたのだった。
あの男の言う「外」は単に車の外を意味していたのだろうか。あるいは人間の生命維持装置とも言えるこのドームの外なのか、それとも……?
桃香は目眩を感じた。ふらふらと公園に入り、ベンチに腰を下ろす。ベンチのまわりは明るいが、公園のすみはぼんやりと暗く、そこかしこに闇が巣食っているように見えた。気持ちのよい景色とはいえないが、それでも人の心ほど複雑怪奇ではないと桃香は思う。街から追い出された闇は、次の居場所を人の心と定めたのではないだろうか。
もしかすると人間というのは、心を肉体という監獄に閉じ込めたまま生きる存在なのかもしれない。だとしたら監獄から逃亡したくなる輩がいたっておかしくはない。死ぬ理由がわからないのと同じく、生き続ける意味がこの世界のどこにあるというのだろう。何もかもが変化し消えてゆくこの世界で。
桃香は深いため息をついた。そして甘い香りに気がついた。いつの間にか金木犀の季節になっていた。甘いだけでなく気品を感じさせる豊かな香りは、ささくれだった心をやわらげてくれた。
いろいろありすぎて疲れているだけなのだと桃香は自分にいい聞かせ、目を閉じた。金木犀の香りがいっそう濃く感じられる。この香りを色に例えるなら柔らかな黄金色だろうか。もし音に例えたら?
遠くに懐かしい笛の音を聞いたような気がした。柔らかくそれでいて空へ抜けていく独特のひびき。笛の音はいつしかCギアの呼び出し音に変わっていた。
SideA:桃香
ぼんやりと桃香は歩いていた。すぐわきをバスが通り過ぎ、風が薄い上着をゆらす。しかし風はたちまちおさまり、何事もなかったかのようだ。いやな排ガスもない。水素を燃料にしているだけあって静かなものだ。
仕事帰りだった。すでに太陽は西の地平にかかっていて、あたりは薄闇に包まれていた。あと20分もすれば街は夜の中に沈んでしまうだろう。それでも本当の闇にお目にかかることは難しい。ここでは「防犯」という名の下にどんなに寂れた路地にも薄ぼんやりと明かりが投げかけられているのだから。
桃香はわざと大通りをそれて、静かな住宅街の中を歩いた。
──夏に辞めたSさんね、亡くなったそうよ。
仕事中に、とある社員と交わした言葉が重くのしかかってくる。Sさんというのは、桃香が初めて担当したクライアントで、今年の4月に入社したものの、仕事に馴染めずに悩んでいた。桃香は懸命に支援したが結局実らず、Sさんは退職を選んだ。親しかった社員の話によると、その後心身ともに状態が悪化して療養施設に入り、それから数日もしないうちに自殺したのだという。
こういう精神的に大きなダメージを受けた場合は、上司なり先輩社員なりに報告して自分のケアを考えなくてはいけないのだが、桃香はそれも忘れて、通勤バスにも乗らず歩いて帰ろうとしていた。人の多い狭い車内であれこれ思い悩むなんて、想像しただけでもぞっとした。
桃香の中でいくつもの感情が渦巻いている。やりきれなさ、悔しさ、敗北感。そして疑問。
なぜ、彼女は生きることを止めなくてはいけなかったのか。
そもそも彼女の場合、死にたくなるほどつらい状況を抱えていたとは考えられなかった。家族に問題があったわけでもなく、物事に関して消極的なタイプではあったが人付き合いの能力が欠けていたわけでもない。調子が悪いといっても、それこそ環境の変化に馴染めず、心の風邪をひいてしまったぐらいの程度だと、精神衛生管理室の誰もが認識していた。だからこそ新人の桃香が彼女を担当することになったのだ。
それに桃香は致命的な過ちをしていないはずだった。それは上司が保証している。Sさんが会社を辞めると決断したときも、自分で生き方を選んだのだから、それも本人にとっては前進なのだと言われた。
──なのになぜ?
桃香は頭をふった。その拍子に、足に何かをひっかけて転びそうになった。
「きゃっ」
どうにか体勢を立て直した桃香は、道に転がっていたものを見て悲鳴を上げそうになった。男がひとり、横たわっていたのだ。ぎょっとしながらも彼女は男の様子を見た。年齢はよくわからない。見方によっては20代とも50代にも思える。目は虚ろに見開かれていて声をかけても反応はない。口はだらりと半開きで、手をかざすとわずかに息をしているのがわかった。あたりは住宅街だし、すぐ近くに公園があるものの人影がない。桃香は迷わずCギアを取り出して救急車を呼んだ。
「しっかりして下さい。今、救急車を呼びましたから」
桃香は男の耳元で話しかけた。返事を期待していなかったので、しわがれた声が発せられた時には驚いて飛びのきそうになった。だが何を言ったかはわからない。
「どうしました? 苦しいんですか」
すると男はむくりと身体を起こし、頭を抱えて激しくわめき始めた。やはり言葉は断片的にしか聞き取れない。桃香は見守るしかできなかった。
ほどなく救急車が来た。桃香が状況を説明している間に、男は手際よく担架に乗せられ、というよりは暴れるのでバンドでくくりつけられ車内へ運ばれていった。桃香から話を聞き終えた隊員も軽く頭を下げ、車に乗り込もうとした。
「ちょっと待ってください」
「はい?」
「あの人、大丈夫なんですか。命に別状は……?」
「今のところないでしょう。おそらく禁断症状ですよ。幻覚剤のね」
そう答えて隊員は軽く肩をすくめた。
「……ああ、そうでしたか」
桃香の身体の力が少し抜けた。麻薬とかドラッグとか言われる類の薬物が、裏の世界で出回っていることぐらい知ってる。もちろんそれは知識でしかなかったけれど。
「では失礼します」
隊員は車に乗り込み、後部ドアを閉めようとした。その瞬間男性のわめく声がひときわ大きくひびいた。
「ここから出せ、出してくれ! 天井なんて耐えられねぇ、頼むから外に出してくれよぉ……」
救急車はサイレンを鳴らし動き始めた。それを見送る桃香は雷に打たれたかのように立ち尽くす。
車に乗せられるのを嫌がる男、「外に出してくれ」という悲鳴に近い訴え。
さきほどまでバスを拒絶していた桃香自身と重なるものがあるのではないか。
──でも、「外」なんていったい何処のことを指すのかしら。
桃香は初めてドームの外へ出た時のことを思い出した。荒廃しているはずなのに不思議なエネルギーを感じさせる場所で、ひどい気候と重装備にもかかわらず解放感すら覚えたのだった。
あの男の言う「外」は単に車の外を意味していたのだろうか。あるいは人間の生命維持装置とも言えるこのドームの外なのか、それとも……?
桃香は目眩を感じた。ふらふらと公園に入り、ベンチに腰を下ろす。ベンチのまわりは明るいが、公園のすみはぼんやりと暗く、そこかしこに闇が巣食っているように見えた。気持ちのよい景色とはいえないが、それでも人の心ほど複雑怪奇ではないと桃香は思う。街から追い出された闇は、次の居場所を人の心と定めたのではないだろうか。
もしかすると人間というのは、心を肉体という監獄に閉じ込めたまま生きる存在なのかもしれない。だとしたら監獄から逃亡したくなる輩がいたっておかしくはない。死ぬ理由がわからないのと同じく、生き続ける意味がこの世界のどこにあるというのだろう。何もかもが変化し消えてゆくこの世界で。
桃香は深いため息をついた。そして甘い香りに気がついた。いつの間にか金木犀の季節になっていた。甘いだけでなく気品を感じさせる豊かな香りは、ささくれだった心をやわらげてくれた。
いろいろありすぎて疲れているだけなのだと桃香は自分にいい聞かせ、目を閉じた。金木犀の香りがいっそう濃く感じられる。この香りを色に例えるなら柔らかな黄金色だろうか。もし音に例えたら?
遠くに懐かしい笛の音を聞いたような気がした。柔らかくそれでいて空へ抜けていく独特のひびき。笛の音はいつしかCギアの呼び出し音に変わっていた。
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