心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
ブログのプロフィール
〈管理人名〉 O-bake
〈趣味〉 創作とクラシック音楽
〈主な内容〉
創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで
〈お願い〉
時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。
〈連絡先〉
管理人へのメッセージは、こちらのフォームからどうぞ
〈本家ブログ〉
びおら弾きの微妙にズレた日々
(一方通行です)
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3話目いきます。
今回は古い話の焼き直しではなく、新たに書き下ろしたものです。
今回は古い話の焼き直しではなく、新たに書き下ろしたものです。
Concert and Cookie
本番まであと5分。客席は7割ぐらい埋まったというところだろうか。博物館付属の小さなホールで、300人も入れば満席になってしまうほどのサイズだった。
出演メンバーは舞台のそでで待機している。当り障りのない雑談で緊張をほぐすメンバーに対し、然也だけは、誰と話すでもなく、客席を気にしていた。
「なかなかいい入り具合ですね」
振り返ると、オカリナ工房の主の音無(おとなし)がいた。音無は工房を持っているだけでなく、オカリナの知名度を上げるため、機会があれば演奏会も開いていた。といっても、実際に演奏するのは工房で働いている面々だし、たいていがボランティアや無償の演奏だ。ただ、年に1度は今回のように小さなホールを借りて有料演奏会を開く。
「もう少し席が埋まっても良さそうじゃないですか?」
然也はすばやく客の顔ぶれをチェックしながら答える。家族連れや年配の客が多い。
「珍しいことを言いますね。いつもなら、客席の様子なんか気にしない君が」
「いや、一応気にしてますけど」
と答えつつ、然也は微妙に音無から視線をそらす。音無は物腰こそ柔らかいが、時おりふちなし眼鏡の向こうから、心のうちまで見通すような視線を投げかけてくるのだ。現に今もそうだ。
「もしかして大切なお客さんがいらっしゃるとか」
「そ、そんなことは……。ちょっとした知り合いが来るかもしれないというだけで」
然也はなるべくさらりと答えたつもりだったが、耳のあたりが熱くなるのを感じた。音無はわずかに微笑を浮かべた。
「深呼吸をしてもう少し落ち着いたほうがいいですよ」
「そんなに緊張してませんよ」
と言い返そうとしたその時、舞台へのGOサインが出た。然也を含めて8人が、それぞれ自作のオカリナを持って舞台に上がる。
あらためて客席を見渡した然也は、半分肩透かしを食ったような、ほっとしたような気分になった。先日、自然公園で出会った二人の姿は、やはり見当たらない。
どうせあれは賭けみたいなものだったんだと彼は強引に自分を納得させ、オカリナを構えた。そして仲間とともに、音の世界へ分け入っていった。
音楽はいい。人間と違って裏切りがない。別れもない。熱意を注ぎ込めば必ず応えてくれる。
そんな風に考えるようになったのはいつの頃からだろう。ほんの数年前のような気もするし、物心ついた時にはそう思っていたような気もする。
子どもの頃から然也は音の出るものが好きだった。玩具のキーボードはもちろん、ギターも笛もちょっと慣れればすぐに曲が弾けたし、そんな高級な楽器でなくても、口の細いビンがあれば笛の代わりに吹き鳴らし、グラスのふちをぬらして指でそっとこすれば、素敵な音色が出ることも知っていた。スプーンだってカスタネットになるし、工事現場で水道管の切れ端をくすねてきてラッパみたく吹き鳴らしたこともある。高価なワイングラスをうっかり割った時にはこっぴどく母親に叱られたが。
その母親は、然也が12歳の時に事故で他界した。その2年前には父を病で亡くしている。彼はしばらく親戚の家にやっかいになっていたが、成長して仕事に就くと同時に、一人暮らしを始めた。別に悪い人たちではなかったし、よく面倒も見てくれたが、自分の居場所は違うところにあると、いつも感じていた。
オカリナと出合ったのは、3年前のことだった。その頃、彼は音楽とは全然関係のない仕事についていて、趣味で楽器をやっていたわけでもなかった。ところがクリスマスシーズンのことだ。たまたま仕事の帰りに立ち寄ったショッピングモールの中で、オカリナの生演奏を耳にした。その瞬間、彼はちょっとした衝撃を受けた。気づいた時には人だかりをかき分け、仮設ステージの正面に出ていた。そのまま居座り、独特の柔らかい音に真剣に耳を傾けた。心の深いところでスイッチが入った。演奏終了後に詳しい話を聞きたくて、あたりにいるスタッフらしき人を捕まえたら、それが音無だった。
――しまった! 音の出を間違えた。
メロディの入りを間違えた然也は心の中で舌打ちした。他のメンバーは何ごともなかったように演奏を続けているが、後でペナルティだとかいって食事をおごらされるに違いない。
どうも雑念ばかり浮かんでうまく集中できない。こんなことなら、チケットを渡したりするんじゃなかったと後悔さえ始めた。だいたい、女の子を誘うこと自体、彼にしてみればとんでもない冒険だったのだ。
最初の曲が終わり、工房の主が挨拶や曲の説明をしている時だった。会場の一番後ろの扉がそっと開いて、女性の二人連れが入ってきた。遠慮がちに端の席につく。間違いない、あの時の二人だった。然也の鼓動がわずかばかり早くなった。顔が熱いのはライトのせいばかりではない。いやでも気合が入る。
が、それがいけなかったのかもしれない。緊張しすぎたのか、続く曲ではいつもやらないようなミスを連発した。音を間違える、ひとりだけテンポが早くなる……。
休憩時間になると、仲間たちはペナルティなどと言い出す以前に、食あたりでもしたのかと、然也の体調を心配するほどだった。
「さきほどのアドバイス、覚えてますか」
最後に音無が半ばあきれ顔で話し掛けてきた。然也はため息をついた。
「忘れちゃいませんよ。ちょっと外の空気でも吸ってきます」
「あと七分で休憩終了ですからね」
然也は楽屋用の入り口から外に出る。相変わらず文句のつけようがない青空が広がっている。彼は、最初の演奏会の時のことを思い出した。生まれて初めてステージに立つという彼に、当時の先輩は言った。
「とりあえず、客席にいるのは、全部ジャガイモだと思っておくといいぞ」
「ジャガイモ?」
「そうすれば緊張しないって昔から言うんだよ。俺はどっちかっていうと、ビール缶だと思う方が落ち着くけどね」
「はぁ……」
結局、本番ではどちらも思い浮かばなかった。というのも、彼は本気でオカリナを吹き始めると、いつも広い大地に立っているような気分になるからだ。風景はその時の気分によって変わる。
「結局は平常心なんだよな」
然也は目を閉じ、ゆっくりと息を吸って吐いた。まぶたの裏に、春浅い草原が見える。川がうねりながらゆったりと流れ、ほとりには柳やポプラに混じって、ピンクの花をつけた木が立っていた。気持ちがすうっと穏やかになる。彼は心静かに目を開け、足早にステージへと戻った。
演奏会が終わってみると、然也あてにクッキーの差し入れが届いていた。それはあっという間に工房の仲間たちが絶賛しながら食べてしまい、彼の手元に残ったのは桃香からのメッセージカードのみだった。というより、それは見つかる前に引き抜いてしまいこんだのだ。今の彼には、箱一杯に詰まったクッキーよりも大事なものだった。たとえお礼の言葉が、二言三言書き綴られているだけだったとしても。
本番まであと5分。客席は7割ぐらい埋まったというところだろうか。博物館付属の小さなホールで、300人も入れば満席になってしまうほどのサイズだった。
出演メンバーは舞台のそでで待機している。当り障りのない雑談で緊張をほぐすメンバーに対し、然也だけは、誰と話すでもなく、客席を気にしていた。
「なかなかいい入り具合ですね」
振り返ると、オカリナ工房の主の音無(おとなし)がいた。音無は工房を持っているだけでなく、オカリナの知名度を上げるため、機会があれば演奏会も開いていた。といっても、実際に演奏するのは工房で働いている面々だし、たいていがボランティアや無償の演奏だ。ただ、年に1度は今回のように小さなホールを借りて有料演奏会を開く。
「もう少し席が埋まっても良さそうじゃないですか?」
然也はすばやく客の顔ぶれをチェックしながら答える。家族連れや年配の客が多い。
「珍しいことを言いますね。いつもなら、客席の様子なんか気にしない君が」
「いや、一応気にしてますけど」
と答えつつ、然也は微妙に音無から視線をそらす。音無は物腰こそ柔らかいが、時おりふちなし眼鏡の向こうから、心のうちまで見通すような視線を投げかけてくるのだ。現に今もそうだ。
「もしかして大切なお客さんがいらっしゃるとか」
「そ、そんなことは……。ちょっとした知り合いが来るかもしれないというだけで」
然也はなるべくさらりと答えたつもりだったが、耳のあたりが熱くなるのを感じた。音無はわずかに微笑を浮かべた。
「深呼吸をしてもう少し落ち着いたほうがいいですよ」
「そんなに緊張してませんよ」
と言い返そうとしたその時、舞台へのGOサインが出た。然也を含めて8人が、それぞれ自作のオカリナを持って舞台に上がる。
あらためて客席を見渡した然也は、半分肩透かしを食ったような、ほっとしたような気分になった。先日、自然公園で出会った二人の姿は、やはり見当たらない。
どうせあれは賭けみたいなものだったんだと彼は強引に自分を納得させ、オカリナを構えた。そして仲間とともに、音の世界へ分け入っていった。
音楽はいい。人間と違って裏切りがない。別れもない。熱意を注ぎ込めば必ず応えてくれる。
そんな風に考えるようになったのはいつの頃からだろう。ほんの数年前のような気もするし、物心ついた時にはそう思っていたような気もする。
子どもの頃から然也は音の出るものが好きだった。玩具のキーボードはもちろん、ギターも笛もちょっと慣れればすぐに曲が弾けたし、そんな高級な楽器でなくても、口の細いビンがあれば笛の代わりに吹き鳴らし、グラスのふちをぬらして指でそっとこすれば、素敵な音色が出ることも知っていた。スプーンだってカスタネットになるし、工事現場で水道管の切れ端をくすねてきてラッパみたく吹き鳴らしたこともある。高価なワイングラスをうっかり割った時にはこっぴどく母親に叱られたが。
その母親は、然也が12歳の時に事故で他界した。その2年前には父を病で亡くしている。彼はしばらく親戚の家にやっかいになっていたが、成長して仕事に就くと同時に、一人暮らしを始めた。別に悪い人たちではなかったし、よく面倒も見てくれたが、自分の居場所は違うところにあると、いつも感じていた。
オカリナと出合ったのは、3年前のことだった。その頃、彼は音楽とは全然関係のない仕事についていて、趣味で楽器をやっていたわけでもなかった。ところがクリスマスシーズンのことだ。たまたま仕事の帰りに立ち寄ったショッピングモールの中で、オカリナの生演奏を耳にした。その瞬間、彼はちょっとした衝撃を受けた。気づいた時には人だかりをかき分け、仮設ステージの正面に出ていた。そのまま居座り、独特の柔らかい音に真剣に耳を傾けた。心の深いところでスイッチが入った。演奏終了後に詳しい話を聞きたくて、あたりにいるスタッフらしき人を捕まえたら、それが音無だった。
――しまった! 音の出を間違えた。
メロディの入りを間違えた然也は心の中で舌打ちした。他のメンバーは何ごともなかったように演奏を続けているが、後でペナルティだとかいって食事をおごらされるに違いない。
どうも雑念ばかり浮かんでうまく集中できない。こんなことなら、チケットを渡したりするんじゃなかったと後悔さえ始めた。だいたい、女の子を誘うこと自体、彼にしてみればとんでもない冒険だったのだ。
最初の曲が終わり、工房の主が挨拶や曲の説明をしている時だった。会場の一番後ろの扉がそっと開いて、女性の二人連れが入ってきた。遠慮がちに端の席につく。間違いない、あの時の二人だった。然也の鼓動がわずかばかり早くなった。顔が熱いのはライトのせいばかりではない。いやでも気合が入る。
が、それがいけなかったのかもしれない。緊張しすぎたのか、続く曲ではいつもやらないようなミスを連発した。音を間違える、ひとりだけテンポが早くなる……。
休憩時間になると、仲間たちはペナルティなどと言い出す以前に、食あたりでもしたのかと、然也の体調を心配するほどだった。
「さきほどのアドバイス、覚えてますか」
最後に音無が半ばあきれ顔で話し掛けてきた。然也はため息をついた。
「忘れちゃいませんよ。ちょっと外の空気でも吸ってきます」
「あと七分で休憩終了ですからね」
然也は楽屋用の入り口から外に出る。相変わらず文句のつけようがない青空が広がっている。彼は、最初の演奏会の時のことを思い出した。生まれて初めてステージに立つという彼に、当時の先輩は言った。
「とりあえず、客席にいるのは、全部ジャガイモだと思っておくといいぞ」
「ジャガイモ?」
「そうすれば緊張しないって昔から言うんだよ。俺はどっちかっていうと、ビール缶だと思う方が落ち着くけどね」
「はぁ……」
結局、本番ではどちらも思い浮かばなかった。というのも、彼は本気でオカリナを吹き始めると、いつも広い大地に立っているような気分になるからだ。風景はその時の気分によって変わる。
「結局は平常心なんだよな」
然也は目を閉じ、ゆっくりと息を吸って吐いた。まぶたの裏に、春浅い草原が見える。川がうねりながらゆったりと流れ、ほとりには柳やポプラに混じって、ピンクの花をつけた木が立っていた。気持ちがすうっと穏やかになる。彼は心静かに目を開け、足早にステージへと戻った。
演奏会が終わってみると、然也あてにクッキーの差し入れが届いていた。それはあっという間に工房の仲間たちが絶賛しながら食べてしまい、彼の手元に残ったのは桃香からのメッセージカードのみだった。というより、それは見つかる前に引き抜いてしまいこんだのだ。今の彼には、箱一杯に詰まったクッキーよりも大事なものだった。たとえお礼の言葉が、二言三言書き綴られているだけだったとしても。
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