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心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
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〈管理人名〉 O-bake

〈趣味〉 創作とクラシック音楽

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創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで

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時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。

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びおら弾きの微妙にズレた日々
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第2話いきます。
短編連作というより、第2章という雰囲気になっちゃいました。

Old Tune and Whistle

「これ、なんだろう?」
 杏樹は展望台の階段を降りて来たところで立ち止まった。そして奇妙な物体を拾い上げた。落とし物を無事に見つけて、帰ろうとした時だった。
「たぶん笛の仲間だと思うけど」
 桃香も妹の手の中を興味深そうにのぞきこむ。それは不思議な形をしていた。大きさは手のひらにすっぽりおさまるぐらい、渋い灰色の陶器製で、細長い卵みたいな形をしている。小さな穴が列をつくって並んでいた。真ん中あたりに凸部がある。
「笛だったら、どんな音が出るんだろ」
「さあ……」
 二人が首を傾げていると、散策路の方から足音が聞こえてきた。見れば、若者がひとり歩いてくる。桃香とさして変わらない年ごろに見える。彼は頭をかきながら、しきりと道の上を見回している。
「あの人、もしかしてこれを探してるのかな」
 杏樹が小声でささやいた。
「かもね」
 桃香が若者に視線を向けると同時に、若者も桃香たちの方を見た。桃香があっと思う間もなく、杏樹が声をはりあげた。
「この笛、落し物とちがいますかあ?」
「おっ、それそれ、探してたんだ!」
 若者は駆け寄ってきて、杏樹の手から「笛」を受け取った。というより取り上げた。そして素早く状態をチェックし、割れたりひびが入ったりしていないことを確認してようやくほっとした表情になった。
「すまない、助かったよ」
 それだけ言うと彼は笛を上着のポケットにつっこみ、くるりと向きを変えたが、そのとたん、苛立たしげにつぶやいた。
「ちぇっ。穴が開いてやがる!」
 彼はあらためて笛を手に持ち、足早に歩き始める。その背中に桃香は思わず声をかけていた。決して大きくはないが、静かな林の中で驚くほどよく通る声に、桃香自身が驚いた。、
「あの、差し出がましいようですけど、ポケットの穴、修理した方がいいのではないかしら」
 返事はない。
「よかったら、今直せますけど」
 ようやく彼は振り返った。
「そのくらい自分でするから、気にしないでくれ」
「でもそれ、とても大切なものなんでしょう? 帰るまでにまた落として後悔しても始まらないと思うのだけど」
 若者はいぶかしげに桃香の方へと向き直った。何か言いかけたが、目が合った瞬間、彼はまぶしいものでも見るかのように目を細め、わずかに表情をやわらげた。
「参ったな。どうやら君の言う通りにしないと帰れないらしい。幸か不幸か断る理由はないし」
 そして上着を脱いで桃香にひょいと渡した。
「じゃ、頼むよ」

 三人は展望台下のベンチに腰掛けていた。展望台の周囲は、小さな公園のようになっていて、テーブルとベンチのセットが数組、池を見下ろせる場所にもベンチがいくつかある。見通しを妨げないよう、ほどよく刈り込まれた木々は、多少の風除けになった。少し日が傾いてきたものの、まだ空気はあたたかい。
 テーブルを挟んで、杏樹と桃香、そして例の若者――然也(ぜんや)が向かい合わせにすわっていた。ポケットの修理といっても簡単なもので、桃香は携帯用の補修ボンドを取り出すと、手際よくほころびをつなぎ合わせていく。
 その間、然也はさっき落とした陶器を手のひらの上でもてあそんでいた。
「あの、それっていったい何ですか? 笛じゃないかって姉さんは言ってるんですけど」
 好奇心を抑えきれない杏樹が、さっそく質問する。
「オカリナっていって、大昔からある古い笛さ」
「それがオカリナ?」
 杏樹は目を丸くした。入れ替わり立ち代わり、いろんなタイプの癒し系音楽が流行っているが、オカリナもその一つだった。
「でもたまに映像で見かけるオカリナって、もう少し大きくて綺麗な色とか模様だし……」
 すると然也がむっとした声でさえぎった。
「悪かったな。でも、こいつはオレのオリジナルなんだ」
「それ、あなたが作ったの?」
 桃香が口をはさむ。
「となりのドームにオカリナを作る工房があって、そこで作らせてもらってるんだ」
「どうやって作るの?」
と杏樹。
「ごくごく簡単に説明するとだな、土をこねて型をとって、正しい音程が出るように穴を開け、いや、その前に吹き口をつくるんだった。それから乾かして窯で焼いて……」
「うわ、めんどくさそう」
 ストレートな杏樹の反応に、然也は苦笑した。 
「今どき、手間隙かけて手作りしようなんて奴は、どんな物好きかと思われるだろうな」
「なのに、どうして然也さんは手作りするの?」
 すると然也は照れくさそうに頭をかいた。
「どうもそうやって呼ばれると落ち着かないな。『然さん』でいい」
「じゃあ、言い直し。然さんはどうして手作りするの?」 
「本物ができるからさ」
「それだけ?」
「それだけで悪いか?」
「べ、べつに悪いとか言うつもりはないけど」
 杏樹は口ごもった。と、いきなり然也が笑い出した。
「悪かったよ、少しからかってみただけだ」
「ひどいよ、然さん」
 然也の笑い声がした。桃香もつられて笑った。再び然也の声がする。
「真面目な話、どんな音色だって機械にまかせれば作ることができる。音程も微妙な音色のブレも自由自在だ。でも、それはしょせんまがい物の音だし、何より面白味がない、とオレは思ってる。この笛は――」
 然也は手のひらのオカリナをじっと見つめた。
「作るのも手間なら、演奏も難しいんだ。息の吹きかた一つで音程が変わってしまうし、そもそも正確なピッチで演奏すること自体、結構な訓練がいるのさ。だけど出てくる音は生身の人間が生み出す本物の音だ」
「ふーん。それならさ、その音を聞かせてよ。本物って、そんなにいい音がするわけ?」
 杏樹は目をきらきらさせている。
「さて、どうしたものかな」
「然さんの意地悪。せっかくポケット直してあげているのに」
「それは、君じゃなくて――」
「はい、然さん」
 桃香が微笑みとともに上着を差し出した。
「完全に乾くまでもう少し待ったほうがいいと思うから、よかったら何か曲を聞かせて」
 受け取る然也の顔にわずかに赤みが差した。
「ああ、ありがとう。じゃ、リクエストに応えて……」
 オカリナを構えた然也は、気持ちを落ち着かせるように少し間をおき、おもむろに吹き始めた。
 遠い昔のことを語るような、もの悲しく美しいメロディが流れてきた。最初のメロディが終わると、変奏が始まって、また美しい旋律が繰り返される。曲はどんどん複雑に自由に変化を重ねてゆく。
 ひなびた音色だった。少しくぐもった柔らかい音色が心地よく流れてゆく。
 変奏を繰り返すうちにメロディは原型から離れ、やがて風が歌っているようなひびきを帯びてきた。
 桃香の脳裏に、寒風吹きすさぶ荒れた大地が浮かんだ。そこに言いようのない孤独と、心安らぐ美しさを求めて止まない思いが漂う。その二つが風の中に混じりあって、ひどく切ないひびきが生まれる。それを言葉にするなら――
 二度と触れることのかなわない記憶が置き去りにされた場所。
 桃香ははっきりと思い出した。その昔、社会見学として「外」へ出た時のことだ。クラスメートのほとんどが寒いとか暗いとか早く戻りたいと文句を言い合う中、桃香だけは奇妙な切なさに襲われて、ガイドの説明も頭に入らず、ひたすら空と廃墟を見つめていた。その時の感覚と今の感覚は、恐ろしいほどそっくりだった。
 曲はどのくらい続いたのだろう。いつしか最後のフレーズに至り、最後の音が風の中に消えた。
 桃香はため息を一つついた。杏樹が我に返って口を開いた。
「今の曲、すごいよ……。タイトルは何ていうの?」
 然也は少し得意げに説明した。
「スコットランドに伝わる古い歌を変奏曲に仕立てたやつさ。スカボロー・フェアっていうんだ。元々は、昔の恋人へのメッセージがこめられていたらしい」
「ふーん。ちょっとロマン感じちゃうな」
 杏樹がうっとりつぶやくと、然也は意地悪く言った。
「メッセージといっても、『自分のことは忘れてくれ』という意味だぞ」
「となると、なおさらロマンチックじゃない? 歌で別れ話なんて」
「何を考えてるんだ、どんな形で告げられても別れは別れじゃないか。オレは遠慮願いたいね」
「ひょっとして身に覚えがあるとか」
「そんなこと、口が裂けても言えるか」
 桃香は半ばあきれながら、どこか懐かしい心持ちで二人をながめる。すると、然也がはっと気づいたように桃香を振り返った。ベンチから立ち上がり、上着の内ポケットからぺらりとしたチケットを2枚取り出し、テーブルに置いた。
「へぇ、オカリナのコンサートがあるんだ?」
 杏樹が興味深そうにのぞきこむ。桃香もさりげなく日時と場所をチェックする。来月最初の土曜の午後、市立博物館の地下にあるホールだ。都合はつきそうだった。
「良かったら聞きに来てくれ。ま、お礼にもならないけどな」
 然也はそれだけ言い残し、足早に去っていった。 

 その夜、杏樹は桃香にこっそり「音楽の勉強をみっちりやって、そっち方面の仕事につこうかな」と打ち明けた。笑っちゃいけないと思いつつ、桃香は苦笑いするしかなかった。妹の熱意は好奇心のなせる技だとわかっていたから。
 それでも、と桃香はちらりと思い直した。たとえその時は偶然とか好奇心のせいに見えたとしても、あとになって大きな意味を持つ出来事が世の中にはあるのかもしれない。
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