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心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
ブログのプロフィール
〈管理人名〉 O-bake

〈趣味〉 創作とクラシック音楽

〈主な内容〉
創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで

〈お願い〉
時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。

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〈本家ブログ〉
びおら弾きの微妙にズレた日々
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前の小話がバレンタインでしたから、約三ヶ月ぶりの登場です。お花見はすっ飛ばしちゃいましたねー。(その頃は公募用原稿に忙殺されてました)
まだ一応春ですから、今のうちに春の話をアップしておきます。

Vals tristeとは「悲しきワルツ」。直訳もいいところですね。シベリウス大先生の小品です。もともとは劇の付随音楽で、曲にはストーリーがあります。瀕死の老母を看病していた息子が、うたた寝してしまい、はっと目覚めると、母親がダンスしていたっていうんです。しかも相手はすでに亡き父。つまり先立たれた旦那さんです。曲が終わると同時に母も事切れていたという話です。ご主人に迎えに来てもらって、しかも”Shall we dance?”なんて、なかなか洒落た最期ではないかと思うんですが。

あ、すみません。しゃべりすぎました。↑は本編とはあまり関係ありませんので。ここでバラしていいものかどうか、とりあえずハッピーに終わります。

Vals triste

 いつもの小児病棟に足を踏み入れたとたん、然也は妙にせわしない空気を感じた。見れば、歌音の個室に看護婦がしきりと出入りし、薬品の乗ったワゴンや計器類が運び込まれている。彼女の体調が思わしくないのは一目瞭然だ。然也はその場を離れ、ロビーのソファに腰をおろす。
 参ったな、と心の中でつぶやいた。病院ならごくありふれたこの光景が、彼は苦手だ。それは身内の死を思い出すからにほかならない。
 彼はロビーの窓に目を向けた。外に見えるのは雨でも落ちてきそうな暗い空と、若葉の色がやけに目を引く木立。そこをカラスが1羽横切る。いや、カラスよりももっと小さな黒い鳥。
 おや、と然也は思う。そんな鳥がいるわけない。だが鳥でなければ何だ? 
 考え込む然也の前に、歌音の母親があらわれた。目が赤く、隈もできている。然也があわてて立ち上がると、彼女の顔に微かな笑みが浮かんだ。
「よかった、いらしていたんですね。歌音がとても会いたがっていたんです」
「あの、具合は?」
「それが、昨晩から急に高熱にうなされていて……。それでも時々オカリナが聞きたいってつぶやくんです」
 然也は病室へ急ぎ、ドアをノックした。返事はない。ドアノブに手をかけ、そっと押し開けようとした。が、ドアのすき間からもれてくる音に、彼の手が止まった。ワルツが聞こえる? まさかそんな。然也はさらにドアを開け中をうかがった。息が止まりそうになった。
 歌音が、踊っているのだ。点滴も酸素マスクもなしで軽やかに。しかも一人で踊っているのではない。男性――黒ずくめの、影のような姿――に手を取られ、くるくる回っては嬉しそうに歓声をあげる。黒い影が何者なのか、然也は瞬時に理解した。
――だめだ、歌音! 
 バン! とドアを押し開けた。
――歌音、そいつとだけは踊っちゃいけない! 
 だが、必死の叫びはかき消され、どんな言葉も届かない。ワルツの音楽はどんどん速く大きくなって、歌音のステップはますます激しくなる。黒ずくめの男性は呼吸の乱れすらなく、優雅に楽しげに彼女をリードする。二人とも然也には目もくれず、夢中になって踊り続ける。不意にワルツが終わった。黒い影はいつしか大鎌を携えていて、それを歌音にむかって振り上げた。
――やめろ、頼むからその子はまだ連れて行くな!
 その瞬間、然也は目を覚ました。
 時計を見れば朝の4時だ。心臓の音がやけに大きくひびき、頭の芯が鈍く痛む。彼は大きく息をつくと、汗で冷えたシャツを脱ぎ捨て、ベッドから降りて水を飲みに行った。キッチンの椅子に腰掛けたまま、しばらくぼんやりとしていた。頭の中にはさっきのワルツが鳴り響いている。聞き覚えのある曲だった。「悲しきワルツ」という270年近く前に作られた小品だ。「クオレマ(死)」の劇音楽の中のひとつで、以前クラシック楽曲のデータを漁っていて見つけた。
(歌音に何ごともなければいいが)
 彼はテーブルに置きっ放しのCギアに目をやった。連絡するならせめて朝食の時間帯を過ぎてからだ。それに、今日は午後から歌音を見舞うことになっている。昨日彼女と話した時には「待ってるよ」と心底嬉しそうな声が返ってきたばかりだった。
 然也が歌音の病室を訪れるようになってから10ヶ月以上になる。特に予定が立てこんでいなければ、二週間に一度の割合で足を運んでいた。その間、歌音の病状は一進一退で悪化はまぬがれていたが、それが彼女本来の生命力によるものか、あるいは然也のオカリナが彼女の生命力を強めたのかは定かではない。ただはっきりしているのは、歌音は然也のオカリナの音をこの上なく気に入っていて、然也もまた、彼女のために奏でる時間を大切にしていたということだ。
 それしにてもこんな夢を見たことに、何の意味があるのだろうか。彼女の死を告げているとでも? でも人間いつかは死ぬわけだし、わざわざ予言めいたメッセージなど受け取ったところで、避けようがないなら意味はない。
 然也は頭を振った。背中がゾクッと来てクシャミが出た。ベッドに戻ったものの、なかなか寝付けない。
 何度も寝返りを打ちながらつらつらと考えを巡らせる。そもそも夢を現実とリンクさせようすとるからおかしくなるのだ。夢をリンクさせる先は現実世界ではなく、夢を見た人間の頭の中だ。つまり、さっきの夢は然也自身が無意識のうちに抱いていた恐れが具現化しただけだ。ならば、夢に死神が出てきたとしてもおかしなことではないし、ましてや恐れることはない。それもまた自分の一部なのだから。
 そうしてやっと睡魔が訪れた。

 春先のやわらかな空気が病院内にも流れている。窓から中庭を見下ろすと、桜の花びらが舞い散っていた。おだやかな空気は小児病棟の中にまで流れ込み、昼寝でもしたくなるような明るい物憂さが漂っていた。然也はほっと息をついた。明け方の夢は、結局ただの夢だ。
 病室のドアをノックすると、いつものように歌音の母がにこやかに出迎えてくれた。部屋の中にも春の空気は満ちている。窓の向こうでは風に吹き上げられた桜の花びらが舞い踊っていた。
 歌音はベッドの上に身体を起こして迎えてくれた。
「調子はどうだ?」
「いい感じ。昨日のお昼はね、車椅子にのせてもらってお庭で散歩したんだよ」
 「お庭」というのは、もちろん病院の中庭のことで、害虫はもちろん雑菌類までもコントロールされている空間だ。本物の草木に混じって、殺菌作用を持つレプリカの植物も配置されている。つくり物っぽくはあるが、病院で暮らす人々にとっては屋外の空気を味わえる貴重な場所だし、それを言い出せば、然也たちの暮らすこのドーム自体、壮大なフェイクの空間だ。この時代、人間にとって本物の自然は過酷すぎた。
「今日はどんな曲があるの?」
「そうだな……。用意してきたのは、まったりコースとのんびりコース」
 歌音の目が点になる。
「それってどう違うの」
「実は同じ」
 歌音は声を立てて笑い出した。
「最近、こんな天気ばっかりだろ」
 然也は窓の外に目を向けた。気象が管理できるこのドームでは、桜の時期は滅多なことでは雨を降らせない。昼間は温かく、夜は花を保たせるためか、冷え込みをややきつくする。人間にとっても過ごしやすい気候ではある。
「おかげでまったりした曲しか思い浮かばなかったんだ。でもそれはそれで難しいんだぞ」
「難しいって、どんなふうに?」
 然也はオカリナを取り出すと、わざと息継ぎの場所を変なところに置いてぎこちなく吹いた。すると三分もしないうちに、歌音はあくびを始める。そこで彼はにやりと笑って中断した。
「今のは下手くそバージョン。次が本気」
「やだ、最初っからちゃんと吹いてよ!」
 そう言いながら歌音はクスクス笑っている。然也はすっと集中して本気で吹き始めた。歌音も今度は真剣に聴いている。
 それまで二人のやりとりを微笑ましそうに見守っていた歌音の母がCギアを手に立ち上がった。誰かから連絡が入ったらしい。そっとドアを開けて出て行った。
 視線を戻すと、歌音は然也ではなく窓の外を見ていた。曲が終わると言った。
「次はワルツが聞きたいな」
「じゃ、ヨハン・シュトラウスあたりでどうだ」
 ところが吹き始めてしばらくすると、歌音は違うとばかりに首をふった。
「そういうのんびりしたワルツじゃなくて、最初は静かでもいいんだけど、だんだん賑やかになって、最後はみんな踊っているうちに飛んで行っちゃいそうなのが聞きたいの」
「もしかしてこれか?」
 然也は、昨年の初夏に慰問演奏に来たときに吹いたワルツを吹いた。それでも違うと言う。然也が首をひねっていると、歌音はハミングを始めた。
「最初はこんな感じ」
「それは最近どこかで聞いたぞ。ん? ……ちょっと待てよ」
 記憶を探った彼は曲の正体に気づき、信じられない思いだった。明け方、夢の中で聞いたワルツではないか。
「そのワルツ、どこで聞いた?」
「夢の中。昨日の夜、ワルツを踊る夢を見たんだ」
「なんだって? 誰と踊った?」
 頭をぶつけたようなショックだった。しかし歌音は目を閉じてうっとりと夢の名残を楽しんでいる。
「相手の人、どんな風だったかな。忘れちゃった。でもすっごく楽しくて、身体が軽くてどこにでも飛んでいけそうだったの。でね、曲が終わっちゃって残念、て思ったら目が覚めた」
「そうか。楽しかったんだな」
「うん!」
 歌音はにっこりとうなずいた。どうやら死神は登場しなかったらしい。然也にはそれだけで充分だった。
「強いな、歌音は」
 この子の心に死神は宿れないのかもしれない。
 だが、話が通じてない歌音はきょとんとして言い返した。
「わたしは強くなんかないよ。だって、夜中に目が覚めると、よく泣けてくるもん。いつまでここにこうしていなくちゃいけないんだろう、とか、病気はちゃんと治るのかなとか」
「『治る』んじゃなくて『治す』んだ」
「それ、みんなに言われる」
「……そっか」
「でもね、『わたし、いくつになるまで生きてるかな?』って聞くと、みんな逃げる」
「そりゃそうだろう。そんな無理難題が解けるのは神さまかお釈迦様ぐらいだ。だいたい、そんなに若いうちから寿命を知ってどうする?」
「だってやりたいこと、たくさんあるし」
 そうやってしれっと答える歌音はまるで大人を試しているように見えて、とんだお姫様だと然也は内心で苦笑した。でもただ大人をからかっているだけではない。こうすることで彼女なりに必死で不安と戦っているのだ。だから彼も本気で答えてやらなくてはいけない。
「もしもだぞ、あと百年生きられますとか言われても、でもずっとベッドの中だったりしたらどうする?」
「そんなのいや! ひどいよ、然さん」
「人間、知らない方がいい物事だってあるんだ。パンドラの箱の話、知ってるか?」
「知らない。でも……」
「先が読めない不安を乗り越えるために、人間は何を発明したと思う?」
 歌音は首をかしげた。
「希望、だよ」
 それでもまだ歌音は納得しきれないのか、顔を上げない。
「わかりやすく言うとだな、今日より明日の方が少しはマシになると思い込む。すると、ちゃんとそうなるって話だ」
「然さんは試したこと、ある?」
「ない。たいていは今日一日のことで手一杯なんだよな」
「なーんだ。でも昨日より今日の方がひどくなることもあるよ?」
 歌音はただまっすぐに、事実を告げてます、という瞳で然也を見上げた。然也は参ったなと心の中でぼやきつつ、こういう話になるなら桃香にも来てもらえば良かったと激しく思う。
「だから、そういう時は長い目で考えればいいんだよ」
「長い目、ねぇ……」
 歌音は自分の両目を指で真横に引き伸ばす。然也は思わず吹きそうになった。
「そりゃ、糸目だ。オレが言いたかったのは、今週より来週、今月より来月……」
「そんなのわかってるよーだ。わざとやっただけ」
「あのなぁ」
 もし歌音が病人でなかったら、ほっぺたをつまんで引き伸ばしてやるところだ。
「まあ、それでどうにもならなかったら好きな曲でも聞けばいい」
「うん!」
 ようやく歌音の目が輝いた。強引に誤魔化したにしては上出来だ。
「じゃ、あのワルツを吹いて」
 結局そこに戻ってくるらしい。だが、然也は言った。
「絶対に治るから、それまでお預けな」
「えーっ」
 死神と踊る筋書きの「悲しきワルツ」なんて二度と聞きたくなかったし自分の手で奏でるなんてまっぴらだ。でもそれだけではない。然也はふくれっ面の歌音をなだめるように言った。
「だから、これは一種のおまじないなんだ」 
 希望が必要なのは、然也とて同じことだった。
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