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心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
ブログのプロフィール
〈管理人名〉 O-bake

〈趣味〉 創作とクラシック音楽

〈主な内容〉
創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで

〈お願い〉
時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。

〈連絡先〉
管理人へのメッセージは、こちらのフォームからどうぞ

〈本家ブログ〉
びおら弾きの微妙にズレた日々
(一方通行です)
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ここしばらく、公募用作品書き&読書&楽器の練習に加え、お遊びの予定がたびたび入って、どう考えても一日30時間ないとまわせないような日々を送っている。
楽しいというか、充実していることはわかっているのだが、疲れる。そのしわ寄せがどこに来るかというと、今のところ楽器。はい、必要最低限しか練習してません。

自分が弾けなくても他の人がカバーしてくれるからまあいいや、とか、レベルの高い管楽器の響きにうっとりしながら楽しく弾ければいいや、とか、いわゆる「悪魔のささやき」の類が頻繁に頭の中をぐるぐるまわる。
音楽の演奏会は、潔いほどに後に残らない芸術で、いくら「あれはいい演奏だった」という評判が聞けても、それは個人の主観による判断であり、また一過性のものなので時がすぎて記憶が薄くなれば消えてしまう。ひどい演奏にしても同じこと。演奏会の成果は失敗しても成功しても川の流れのように過ぎ去ってゆく。
だから、あまり頑張りすぎてもな~と、つい思ってしまう。時間がたっぶりあるときなら好きなだけ練習すればいいのだが、ほかにもやりたいことがありすぎる。

などとつらつら考えていたら、サリンジャーが書いた「フラニーとゾーイ」という短篇集の中に登場する「太ったおばさん」のことが頭をよぎった。
フラニーとゾーイーには敬愛する兄シーモアがいて、シーモアはこれからラジオ出演に行くという幼い弟妹たちに告げた。「太ったおばさんのために靴を磨きなさい」と。ラジオなのだから出演者がどんな身なりをしていてもリスナーにはわからないはずなのに、シーモアはそう教えた。
「太ったおばさん」というのは、病気で動けずひがな一日籐椅子にすわって大音量でラジオを聞いているような人、生活の楽しみがラジオしかないような人のことで、実際はおじいさんでも若者でもよく、つまるところラジオ出演者がその人のためにこそきちんと演じようと思える人なのだと、フラニーもゾーイも理解している。

「太ったおばさん」は架空の人だ。特定の誰かではない代わりに、どこにでもいて、時に実在の人の姿を借りて現れる。このことを私自身体験した。→(当時のブログ。最後のほうにちらりと書いてあります)

昔のピアノ発表会の時にはひとりだった「太ったおばさん」が、今度の演奏会の会場には大勢いるであろうことを肝に銘じなくてはいけない。

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