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心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
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〈管理人名〉 O-bake

〈趣味〉 創作とクラシック音楽

〈主な内容〉
創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで

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時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。

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びおら弾きの微妙にズレた日々
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その昔、同人誌に載せた「川の流れは軽やかに」の番外編です。確か初めて中学生を主人公にした話だったはず。本編では触れなかった夏休み中のエピソードを作ってみました(本当は某所で見かけた夏祭りに出す予定だったのが、書き終わったらもう夏休みも終了時期だった……。データフォルダ内で眠らせておくのも寂しいのでひっそり公開)



 そもそも夜店で金魚を売ってるからいけないんだと、日々季は恨めしく思いながら家を出た。空は雲がかかっているものの、真夏の午後三時過ぎはまだまだ暑い。一歩外に出ると、たちまちむっとした熱気に包まれて、五分も歩けば首筋から汗がしたたり落ちてきた。荷物は小さな飼育ケースのみ。中には昨日すくってきたばかりの金魚が二匹。赤いワキンと黒のデメキンが弱々しく泳いでいる。
 昨晩は神社の夏祭りで、受験勉強の息抜きにと出かけ、「あの金魚かわいい~」とはしゃぐ友人につきあって、その場のノリでいっしょに金魚すくいをしたのだが、家に持ち帰れば水槽どころか金魚鉢すらなかった。その昔、日々季が小学校に上がったばかりのころぱあったはずなのだが、いつの間にか母が落として割っていたという情けない話だ。家中探し回って出てきたのは、せいぜいカブトムシや鈴虫を飼育するようなプラスチックのケースぐらいだった。しかもどこかにヒビが入っているらしく、水を入れたらじわじわと漏れ出してきた。親は「そんなに金魚が飼いたいならお小遣いで飼育セットを買いなさい」と言ったきり取り合ってくれず、かといってちゃんとしたセットをそろえようとすれば思いの外お金がかかることがわかり、それで日々季は仕方なく金魚を近くの川に放流することにしたのだった。
 小里川にかかる橋までくると、橋のわきにある階段から川べりへと降りていった。川岸には予想外に雑草が生い茂っていて、それをかきわけないと、水辺までおりられない。少しでもおりやすい場所を探してウロウロしているところへ、ギギギーッと耳につく自転車のブレーキ音が聞こえてきた。ほどなくこの橋の下の主とでも言うべき、同級生の穂村が降りてくるだろう。あららと日々季はため息をついた。なんで今日に限って、と思う。
 穂村が時々学校帰りに一人でこの橋の下でくつろいでいることを日々季は知っている。携帯音楽プレーヤーで音楽を聞いていたり、時々何かのメロディを口ずさんだり、曲に合わせてかどうか知らないけど妙な踊りをしていたり。日々季の通う中学校内でも結構な変わり者として通っていた。夏休みのこんな真っ昼間に現れるとはさすがというかやはりというか、変に感心すると同時にその場から立ち去りたいという誘惑にかられた。目の前の土手を強引に登れば不可能ではない。しかし、以前それをやろうとして失敗したことを思い出し、また、誰が見ても明らかに怪しい挙動だと思い至り、それよりはさりげなく事情を話して、さっさと用事を済ませた方がいいと考えなおした。
「金魚を川に返すところなの」
 日々季は降りてくる穂村に向かって飼育ケースを掲げる。
「川に返すんですか? 金魚を? それは妙な話ですね」
 彼は眼鏡の奥から不思議そうに日々季をながめた。この暑さの中、私服ではあるけれど、シャツのボタンは相変わらずきっちり一番上までとめてあるし、ズボンの丈はしっかり足首まであるし、ただ首に手ぬぐいを引っ掛けているところだけが夏らしさを演出……してるわけがない。おっさん度が増しているだけだった。
「だって金魚って魚じゃない。川に返して何がおかしいの」
「もし金魚に故郷があるとすれば、川ではないでしょう。金魚は人工的に作られた魚です。水槽や生け簀の中で育てますから、返却するならそういう場所ではありませんか?」
「あのね、業者の水槽なんて返せるわけないでしょ」
「そもそも川では金魚は生き延びられません。育ってきた水槽とは水質が大きく違うでしょうし、敵もたくさんいます」
 あらーと日々季は心の中でため息をついた。やっぱり逃げた方がよかったかもしれないと思いつつ、口からは勝手に言い返していた。
「だからって、土にでも埋めるの? 少なくとも川に返したら生き延びる確率はゼロじゃないし」
 穂村はじっと日々季を見ている。その目にはバカにしたり非難している色がいっさい浮かんでいない。それがかえって居心地を悪くさせる。
「それは単なる自己満足ですね。運良く生き延びてしまった元ペットは生態系を破壊することもあると、知ってのことですか」
「そんなの知らないわよ。とにかく家では飼えないから」
「そういう話なら……」
「はいはい、最初から金魚すくいなんてしなけりゃよかったの!」
「いや、そっちの話ではなく……」
 もういいからほっといて、という言葉が日々季の喉元まで出かかったそのとき、ぽつっとほほに当たるものがあった。雨粒だ。穂村の眼鏡にも水滴がついている。
「雨!」
 二人が叫ぶと同時に、大粒の雨がパラパラと、そしてたちまちすごい勢いで降りだした。湿った土の匂いが立ち上る。二人は橋の下へと避難した。
 日々季はしきりとたかってくる羽虫ややぶ蚊を手で追い払い、穂村は何も言わず川面を見つめていた。夕立が二人を閉じ込めている。
 日々季はふと、橋脚に巻き付いているつる草に気がついた。
「あ。朝顔。日が出ていないとこんな時間まで咲いてるのね」
「いや、それはヒルガオです。葉の形が明らかに違います」
「あ、そう」
「理科の内容は意外と実生活で役に立ちますから」
 日々季は穂村をちらりと見るなり、不機嫌そうに目をそらす。早く小止みになってくれないかと空を仰ぐが、雨は激しくなる一方だ。
 そうして十分もたっただろうか。本当はもっと短かったのかもしれないが日々季にはずいぶん長く思われたあと、穂村がぽつりと言った。
「ここを出ましょう」
「え? この土砂降りの中を?」
「ここは川です。一度に大量に雨が降ればどうなりますか」
 穂村は金魚の入った飼育ケースをさっと日々季から取りあげた。
「金魚は私が預かりますから」
「でもそんな……」
 だが穂村はとまどう日々季の背中を押し、土手を登らせる。たちまち頭や肩に雨粒がたたきつけた。
「預かるってどういうことよ?」
 だが穂村は聞こえていないのか、土手をのぼりきると片手に飼育ケースを下げたたまま、自分のママチャリにまたがり、あっという間に帰ってしまった。
 ぼうぜんと見送った日々季は、橋の下に戻ろうと思って土手を降りかけたが、はっとして足を止めた。川はあっという間に水量を増し、泥水が水際のアシを押し倒す勢いで流れている。穂村が正解だったのだ。
 日々季は五十メートルくらい先に見える地蔵堂までとりあえず走った。そして小さな軒先を借り、せめて雨脚がゆるむのを待つことにした。
 しばらくぼんやりしていると、突然耳慣れたブレーキ音が聞こえた。振り返れば、穂村が傘を持ってそこにいた。いったん自分の家にもどり、それからまたせっせとママチャリを漕いでここまで来たらしい。
 どうしたの、何しに来たのと言おうとしたが、のどのあたりで言葉がつっかえる。穂村もまた何も言わず、傘を日々季に差し出す。そのまま数秒がすぎる。無言の圧力に耐えかねて、日々季の手がおずおずとのび、黒い紳士物の傘を受け取った。すると穂村は満足気に口もとをゆるめ、「ありがとう」の言葉も聞こうとせずさっと向きを変えて自転車を漕ぎだした。
「……てゆうか、彼、傘が嫌いなのかな」
 そのくらい意気揚々と雨に濡れて帰っていった穂村だった。
 その後金魚がどうなったのか、自由研究の題材になったらしいと噂で聞いたが、日々季はあえて確かめていない。
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