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心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
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〈管理人名〉 O-bake

〈趣味〉 創作とクラシック音楽

〈主な内容〉
創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで

〈お願い〉
時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。

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びおら弾きの微妙にズレた日々
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約束通りに続きを載せることができました。といっても、この小話はほぼ旧バージョンの焼き直しです。

シリーズそのものは、最後までほぼ完成しましたので、今後も週一のペースで更新できるはずです。ちなみにこれのあと、6話続きます。クライマックスにつき「小話」の枠では収まらなくなってしまいました(汗)

しかし、急激な暑さ&夏風邪と戦いながらの物書きは結構根性がいりました。たぶん、物語に体力を吸い取られていたのでしょう。

Cloudy Sunday

 木目調の玄関ドア、ざらりとしたモルタル仕上げの白い壁。ドアを開ければ澄んだ金属音のチャイムが出迎えてくれる。オカリナ工房の建物は、桃香の予想を裏切らない空気を持っていた。玄関ホールは薄暗く、ひっそりとしていたが、今日は休日なのでそれは当然だろう。
 本来なら今ごろ、然也と二人、自然公園の木陰で涼みながらお昼を食べているはずだった。なのに、公園の入り口で顔を合わせたとたんに然也のCギアが鳴って、それが音無からの呼び出しだった。前の日に彼がセットした窯の具合がおかしいという。「一緒に来るか?」と然也が聞き、桃香は素直に頷いた。彼がどんな場所でどんな風にあのオカリナを作っているのか、前から興味はあったのだが、あえて見に行きたいとは言い出せずにいたのだ。
 工房は自然公園の敷地に隣接して建っていて、十五分も歩けばもう到着だった。
「桃さんはそっちで待っててくれないか。オレ、窯の様子を見てくるからさ」
 作業場の入り口に立った然也が、大きなガラス窓の向こうの中庭を指した。芝生の中にテラコッタを敷いた小道が通っている。ベンチも見えた。中庭へ通じる出入り口手前には飲料用のサーバとコップが置いてある。普段は工房で作業する人たちが休む場なのだろう。
「すぐに終わらせる」
 そう言って然也は作業場の中へ消えた。
 一人残された桃香は、その必要もないのに、足音をしのばせて中庭へ続くガラス戸を開けた。横に広い空間だったが、右の端はフェンスで区切られていて、その向こうは資材置き場らしかった。正面には隣のビルの壁がせまっていて、風の通りは決して良くなく、土の匂いを含んだ重い空気が足下から立ち上ってきた。見上げればドームの天井は灰色に染まり、数時間後には雨が降ってもおかしくない空模様だった。折しも7月半ば、梅雨が終わりかける季節だ。
 梅雨なんて、心にも身体にもいい影響はないように思えるのだが、地球の状態がおかしくなってからも、ドームの気象管理センターは、律儀にモンスーン気候的な季節の変化にこだわる。あたかも、かつての自然の法則を忘れまいとしているようだった。
 さわりと葉ずれの音が聞こえた。ほんの一瞬、頬に風を感じる。振り向くと、左手に若いポプラが植わっていて、その向こうに林が見えた。残された一面が自然公園に面しているのだった。
 桃香はベンチに腰を下ろした。たいして涼しくはなかったが、休日とあって、工房の中も冷房が切れていて、どこにいても暑いことに変わりはない。彼女はポプラと公園の木々を見上げて、それから工房の中へと視線を向けた。中をのぞくことはできないが、そこでは然也が音無とともに、窯の世話を焼いているはずだった。
 ただでさえ、自然の緑が貴重で、かつ環境にうるさいこの時代、本物にこだわるオカリナ工房といえども、薪をくべる窯ではなく、電子制御で操作する窯を使っているのだと然也が言っていたことを思い出す。
 桃香は目を閉じた。懸命にオカリナを作る然也の姿を思い描いてみる。まっすぐにひたむきに土の塊と格闘する彼の姿を。そして彼の奏でる音を思い出す。吹くそばから風にのって、すっと空へぬけるような時もあれば、遠くて深い場所へ連れて行かれそうな恐ろしさを感じることもある。ひとつわかっているのは、たとえ彼がどこでどんな姿で吹いていようと、その音色は必ず聞き分けられるだろうということだった。

「桃さん、お待たせ」
 然也の声で桃香ははっと目を覚まし、ついうたた寝をしていたことに気がついた。思わず顔が赤くなるが、彼はそれに気づいたのかどうか、何も言わずに桃香の隣に腰を下ろした。
「もう終わったの?」
「ああ、とりあえずはOKだ」
 続いて工房主こと、音無が現れた。桃香が軽く会釈すると、音無は微笑み、グラスに入った飲み物を差し出した。よく冷えたジャスミン茶だった。
「せっかくのお休みを、申し訳ありませんでしたね。彼に聞いたら、あなたのお気に入りがこのお茶だそうで」
「いえ、そんなお気遣いなく……」
と桃香は言いつつ、然也を横目で見ると、先に緑茶のカップを手にしていた彼は、思い切りカップを傾けて喉を潤している最中だった。わざとこっちを見ないのは照れがあるらしいが、それはいつものことだ。
 音無は自分のアイスコーヒーを手にすると、隣のべンチに腰掛けた。
「この季節は、粘土が気難しいんですよ。湿気が高いですから」
 音無が、穏やかないつもの口調で話し出す。
「それでうまく焼けなかったんですか」
「要するに、微妙に乾燥が足りないまま、オカリナを窯に入れたオレが悪かったってことさ」
「それは否定しませんがね」
と音無。桃香が思わず笑いをもらすと、音無は眼鏡の奥の目をわずかに細めて二人を見た。すると然也が、また来たな、という風に肩をすくめて立ち上がる。なぜ彼がそんな素振りをするのか不思議な桃香だったが、彼女も腰を上げた。
「じゃ、オレたちはもう行きます」
「このあと何か用事でも?」
「昼メシがまだです」
「それなら、デリバリーサービスを頼みましたから」
 音無が答えると、然也は何とも言えない表情で音無を見つめた。あえて例えるなら、ハトが豆鉄砲を食らったかのような顔だ。危うく桃香は吹き出すところだった。
「音無さん。今日は何があったんですか。雨が降るどころの騒ぎじゃない……」
 座り直した然也の声は言葉と裏腹に、本気で音無を心配しているように聞こえた。しかし音無は然也の問いには答えず、桃香に目を向けた。
「桃香さん、あなたはこの秋から留学されるそうですね?」
「ええ、その予定ですが……」 
 音無の思惑が読めずに桃香は言葉を濁す。
「先日、あなたの妹さんからちらりとうかがったので」
「だからどうだっていうんです?」
 むっとした口調で然也が割り込む。
「あなたたちに話しておきたいことがありましてね」
「オレたちに?」
「そうです。それもあって君を呼び出した。たぶん桃香さんも一緒だろうと思ったんですよ」
「なら最初からそう言ってくれれば良かったのに」
「そんなことしたら、まともに来ますか? 口実を作って逃げるのと違いますか」
 痛いところを突かれたらしく、然也は答に詰まってそっぽを向いた。 
 音無は両手の指を組んで上を見上げた。つられて桃香も見上げると、灰色の雲がいっそう暗くたれ込め、すぐにでも雨が落ちてきそうな気配を漂わせていた。彼女の心に重い予感がのしかかる。
「私がオカリナの工房を建てたのは、なぜだと思います?」
「どうしてその話を今? これまで、工房の誰が聞いてもはぐらかされるのが落ちだったのに!」 
 驚いたのは桃香より然也の方だった。音無は然也の問いには答えず、二人を交互に見やり、ひとつ息を吐いてから言った。
「償いと復讐のためです」
 数秒の間が空き、そのすき間を埋めるようにポプラの葉がざわりと鳴った。音無は二人を、いや、二人の向こうを見ていた。
「7年前のこの季節、私の妻は、闇に食われたんです。大地という名の闇に」
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