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心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
ブログのプロフィール
〈管理人名〉 O-bake

〈趣味〉 創作とクラシック音楽

〈主な内容〉
創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで

〈お願い〉
時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。

〈連絡先〉
管理人へのメッセージは、こちらのフォームからどうぞ

〈本家ブログ〉
びおら弾きの微妙にズレた日々
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最近ハマっている趣味は何ですか?と聞かれたら、迷わず地獄めぐり……じゃなかった、ツイッタランドめぐりと答える程度のツイ廃ぶりなのだが、ただの時間つぶしには終わらず、ビーチコーミングみたいなもので、時々良い拾い物をすることもある。



興味深い本を見つけたり、イベント情報を掴んだり、癒やしの写真を拾ったり。そんな中で7月の終わりに瞑想アプリの広告が目に入ってきた。もともとマインドフルネスには興味があって何冊か本を読んだり、伝説の寝落ちアプリ「寝たまんまヨガ」も試したことがある(これは入浴中に試すと危険なレベル)。ふだん広告ツイは「あ、そう」程度に読み流すが、その時は妙に引っかかるものがあり、魔が差したというか、試しに入れてみた。まあ、無料で使えることだし。

しばらく使ってみて、結果から言えば有料版の登録をした。それだけの価値を認めたわけだ。具体的に何がどう良かったか。

目的別にいろんなコースが用意されている。基本コース、ストレス対策、睡眠対策。基本的にはガイドを聞きながら瞑想状態に入るようになっているが、その他物語を聞きながらリラックスするもの、BGMだけを聞きながら瞑想するものなどがある。

で、何が良いかと言うとガイドがきちんとついていること。瞑想の目的をはっきりさせ、今何をどうすればいいか、何について意識を向ければよいのかが音声で指示が飛んでくる。初心者にはありがたいし、危険な領域に知らずしらずのうちに踏み込んでしまわないようになっている。

もちろん、ガイドをうっとおしく感じるときもないではないし、「その考えはないわー」と反発を感じることもあるが、それはそれ。自分が何に対して心理的アレルギーを持っているかがわかる。

瞑想にもさまざまな種類と目的があり、よくアプリで配信されているようなものは「マインドフルネス」と呼ぶにふさわしい内容のものが多い。精神的にはあまり深く潜らず、軽い瞑想状態で主に自分の思考や感情を観察し「気づき」を得ること、不必要な負の感情を消すことが目的になっている。

いわゆる「座禅」などによる瞑想は自力で自分をガイドし、意識の奥深くへ潜っていくことで超越的な存在と接触するのが目標だと思うので、アプリによる瞑想体験はそれとはかなり違うものだと認識しておいたほうがよい。中には霊能力を高めるために行う瞑想もあるらしく、それはそれでかなりのリスクが伴うようだ。というか、リスクがあって当然だ。

とりあえず、自分なりに深い瞑想中に迷子になる危険はなんとなく感じているので、ライトなマインドフルネスで充分。よくコミックや小説などフィクションの中で魂が夢や幽界に入って他人の魂を導く場面があるが、そしてそれはリアル世界でもあり得ないことではないらしいのだが、相当ヤバい状況下で行われていることだけはわかる。くわばらくわばら。

それで実際に、どんな「いいこと」があったのか。よく言われるのが集中力が増した、活力が増した、物事に動じなくなった……などなど、精神的に安定したという話だが、自分に当てはめてみると、重い腰が少し軽くなった。言い換えれば、面倒くさくて後回しにしがちなことに手を付けやすくなった。たとえば家の片付けや掃除だ。朝も無駄に眠る必要をあまり感じなくなった。
もっともこれは職場のストレス減と連動している可能性も大だが、どちらにしても精神の動きが軽くなったことに変わりはない。

ひとつ言えるのは、手段はどうであれ、ストレスや気がかりなことが減ると精神の負荷が想像以上に減るということだ。最近読んだ『いつも「時間がない」あなたに:欠乏の行動経済学』で書かれていたことだが、欠乏状態にある人--足りないのが時間であってもお金であっても同じ質のストレスに晒されている--の心理は、特定の状況に陥っており、そのせいで判断力が落ち、ミスが多発し、重用なことを後回しにしてしまうのだという。その人のバックグラウンドに関係なく、欠乏状態にある人はみな同じ傾向にあるという。人が精神活動を行うにあたり必要とされる能力=処理能力には限界があり、負荷がかかるとそれだけ減ってしまう。ストレスと精神の関係は、外傷・病気と身体の関係に似ている。

身体の異常は目に見えるから手当しやすいが、精神の負荷は目に見えないため、発見し手当をするには工夫がいる。その工夫の一つが瞑想やマインドフルネスの利用だし、場合によっては学問による調査とその結果の活用、ということになるのだろう。




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