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心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
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〈管理人名〉 O-bake

〈趣味〉 創作とクラシック音楽

〈主な内容〉
創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで

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時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。

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びおら弾きの微妙にズレた日々
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ええと、ここからが新しく作り直した話ですね。

一度は主人公たちにに遠いところへ飛んでもらわないといけないので、ちょいとアクシデントを起こしてみました。
実際の生活ではこんなに都合よくことは運びませんが、それはそれ、物語ですから。

An Accident Unavoidable

 工房を出ると、人通りのないひっそりした通りが続く。本来、この区画は官公庁の付属施設など、公の建物が集まる場所であり、日曜の午後はゴーストタウンのような静けさだった。音無の工房は、古くなった市の資料館を譲り受けて改築したものだ。
 然也の歩調はすっかり元に戻り、人も車も通らない道を二人は肩を並べて歩いた。
「公園の向こう側へ行かないと店らしきものもないな」
「そうね……」
「やっぱり桃さんを連れて行くんじゃなかった。悪かった」
 桃香はいいえと、首を横に振る。
「音無さん、今日でなくてもいつかはあの話をしたんじゃないかしら」
「何であの人はあんなにお節介なんだ? 前から何度もオレは大丈夫だって言ってるんだぜ?」
「本当にわからない?」
「わかってないのは桃さんの方だ」
 その口調は決してきつくなかったが、桃香の胸がドクンと音をたてた。
「どうして……なぜそう言い切れるの?」
「桃さん……? どうしちゃったんだよ。そりゃ、あんな話を聞かされた後じゃ神経質になるだろうけどさ」
「音無さんのせいじゃないわ。もっと前から、もう二度とあなたに会えなくなるんじゃないかって思えてどうしようもなく恐くなる瞬間があるのよ。何度も、数え切れないくらいに」
 桃香は言ったそばから自分の発言を後悔した。あまりにも子どもじみていると。しかし然也は、彼女の言葉を笑ってやり過ごしたり気のせいだと否定することはしなかった。
「オレの場合は逆でさ」
「逆?」
「君の気持ちを手に入れようと焦りすぎてバカをやった挙げ句、君は逃げていってしまう。そんな夢を時々見る」 
 桃香はクスッと笑ってしまった。まったく然也らしいけれど、今の自分が彼のもとから逃げていくなんて、微塵もありえない。 
「それはただの夢よ。そんな心配は全然いらないんだから」
 然也がニヤッと笑った
「だったら、オレも同じ言葉を返す」
「もう、然さんたら……!」
 こういう瞬間が桃香はたまらなく好きだ。
「それに桃さん、信じるかどうかは君次第だけど、オレはもう何度も色んな闇の間近まで行っては戻ってきてるんだ。音無さんはそのことを知らないし、いちいち説明する気もないけどな」
「闇の間近……」
 つぶやきながら、桃香は頭を振った。
「ねえ、然さん。結局闇ってなんなのかしら。知っている気がするのに、言葉にすると、暗いとか恐いとか、そんな抽象的なものしか出てこない」
「実際、抽象的としか言いようがないからなぁ」
 然也は頭の後ろで手を組んで、上を見上げる。まるで灰色の雲の中に答えがあるみたいに。
「一番近いのが、不在とか欠落とか喪失だろうな。あとは虚無とか。真空が空気を引き込むように、空っぽの闇は人のエネルギーを引き込んでしまう。陽花さんは気の毒な話だと思うが、オレが思うに大地の闇に引き込まれたんじゃない。たぶん、自分の中に大きな欠落を認めたんだ」
「どんな欠落?」
「さあ、そこまではさすがにオレもわからない。だけど、大地の闇がどんな風かはだいたいわかる。あれは不在や欠落とは対極のものだ」
「それは、私にも少し分かる気がするの」
 それはドームの「外」に出たときに感じる圧倒的な力だった。地球を支配し、生命を抱擁し、ちょっとした気まぐれで人間の生存を脅かせるほどの大きな力。そして桃香が恐れているのは、然也がその力の源へ帰ってしまって二度とこっちに戻ってこないことだった。なぜ彼にだけそんな恐れを感じるのか――それは彼の奏でる人間離れした笛の音のせいだと言われればうなずくしかない。
 ぽつぽつと歩きながら、然也にそう告げると、彼はなぜだか嬉しそうな顔をした。
「さすがに桃さんだな」
「当たってる?」
「そこまでわかってて、どうして肝心なことがわからないかな」
 然也は立ち止まった。桃香も不思議に思いながら、同じく足を止める。
「君が待っていてくれる限り、きっと戻ってくるって言ったのに」
 彼は桃香の目をまっすぐ見ていた。桃香は歌音の墓参りを思い出した。あの時彼は「たとえ向こう側に落ちても、きっと戻ってくる」と言ったのではなかったのか。その言葉を信じきれていなかった自分に気がつく。
「……ごめんなさい」
「謝ることはないさ」
 然也のまっすぐな視線が和らいだ。桃香は胸がつまりそうで、小さくうなずくしかできなかった。
 不意にサイレンが聞こえてきて、桃香は思わず後ろを振り返った。赤い車がものすごいスピードで走ってくる。然也にひっぱられて道の端に寄った彼女のすぐそばを突風のように走り去った。そして車体をきしませながら大通りへ曲がってゆく。ほどなくけたたましいサイレンとともに警察の車がやってきて、やはり二人のそばを猛スピードで過ぎ去る。
「いったい何が起きてるんだ?」
 彼は大通りへと走り出した。好奇心を抑えきれないみたいだった。桃香は苦笑し、歩きながら彼の姿を目で追う。こういう時の彼は子どもみたいになる。
 大通りはがらんととしていた。片側2車線で、平日なら交通量は多いのだが、官公庁が軒並み休みとなる日曜はほとんど車を見かない。信号機さえ休みになる。
 然也は歩道のガードレールから身を乗り出すようにして通りを見ていた。追いついた桃香が彼の後ろに立って彼の視線の先を追うと、再び赤い車が現れ、あっという間に桃香たちの前を走り抜けてゆく。じきに白黒の警察の車が追ってきて、赤い回転灯が過ぎ去った。
「なに、このスピード!」
「改造車だな。でなきゃあんなに速く走れない」
 今の時代、街を走る車はすべて電気が燃料だ。そして事故防止のため、危険な運転をすれば警告が出るし、そもそも決められたスピード以上は出せない仕様になっている。桃香たちの前を走り去った車は恐らくそういった装置をはずしてあるのだろう。
 そんなことをすれば当然危険度は上がり、自分ばかりか人をも巻き添えにした悲惨な事故を起こしかねない。が、リアルな危険の感覚に味を占めた人間がそんな違法改造車に乗り、車通りのない通りを狙ってサーキットまがいの走りを見せることは珍しくなかった。ただ、たいていは夜中に同好の士が集まる中で行われるイベント的なものであり、こんな昼間に誰も見ていない中を走るとは珍しかった。
 甲高く鳴り響いていたサイレンはすぐに小さくなり、やがて消えるかと思ったらまた大きくなってきた。
「どうやらパトとレースをしてるっぽいな」
 然也は音を追って楽しげに視線をめぐらす。どうやら観客として楽しみたいらしい。
「でも、深夜ならともかく、こんな昼間から、誰もいない通りをたった1台で暴走するなんてどこか変よ」
 そう、まるで故意に事故を起こしたがっているような。桃香の中でいやな予感が急速に膨らんでゆく。
「もし精神に変調をきたした人が運転してたらどうするのよ? 最悪の凶器を振り回してるのと同じだわ」
 すると然也はあきれたように言い返す。
「桃さんは仕事のしすぎなんだよ。どうせ整備後の試し運転てやつじゃないのか? 夜に備えてさ」
「どっちにしても迷惑な話!」
 桃香はさっさと自然公園の入り口方面へと歩き始めた。そこまでたどりつけばお昼を買えそうな店がいくつも並んでいるし、なにより一刻も早くこの場を立ち去りたかった。本来ならひっそりと静まりかえっているはずの街を、猛スピードで駆け抜ける異様さが気味悪くて仕方なかったし、なぜか思い出したくない記憶のフタがはずれそうで恐ろしくもあったのだ。
 見物を決め込むつもりだった然也があわてて後から走ってくる。桃香は交差点を渡る前に、足を止めて彼を待った。
「桃さん、どうしたんだよ、そんなに急いで?」
「何だか気味が悪いのよ」
「何が?」
 サイレンの音が急激に大きくなり、向かいの通りから赤い車が現れる。ほとんど減速もしないまま交差点を左折しかかり、当然の話だが遠心力に負けて外側に大きく張り出した。けたたましいブレーキ音が空気を引き裂く。スピンを起こす。あっと思ったときには桃香の目の前に真っ赤な車体が迫ってきていた。
 反射的に後ずさった桃香の足がもつれる。バランスを失った身体が倒れてゆく。赤い車がガードレールを乗り越えて襲いかかってくる。桃香は感じた。闇が、両腕を広げて自分を捕らえようとしているのを。
(逃げられない!)
 桃香の頭の中を過去の記憶が駆けめぐった。身体が地面に着くまでの一瞬の出来事でありながら、スローモーション再生を見ているような、妙に間延びした時間でもあった。ほとんどの記憶がセピア色に退色している中で、然也と過ごした日々が鮮やかな色を伴って蘇ってくる。まるで彼と一緒にいる間が本当に「生きていた」時間だったかのように。そして妙に晴れ晴れとした諦めの感情がやってくる。それはむしろ解放感に近かった。この狭い世界の殻を破って、どこまでも羽ばたいてゆけそうな予感。
――桃さん、死ぬな!
 然也の声が聞こえて、桃香の意識はこの世界に引き戻された。そして衝撃。

「もしもし? 大丈夫ですか」
 桃香は揺り起こされて気がついた。彼女に声をかけているのは救急隊員の一人だった。肩や腰、それに右側の肘がひりひり痛むがそのほかは何ともないようだった。
「立てますか」
「ええ、たぶん」
 桃香は隊員の肩を借りて立ち上がったものの、前にくじいた足をまた傷めたらしく、思わず顔をしかめた。が、その時目に入った光景にすべての痛みを忘れた。
 然也が、血まみれになって倒れている。
 その向こうにバンパーがひしゃげて原型をとどめなくなった赤い車がひっくり返り、ガードレールは無残な形に折れ曲がっている。
 その光景はあまりにも恐ろしくて、桃香の足が凍り付き、彼のもとへ駆け寄ることすらできなかった。
(どうしよう……。私のせいだわ!)
 自分の代わりに彼があの事故を引き受けたのだとしか思えなかった。桃香は両腕で自分の身体をかき抱く。身体が勝手に震え始め、頭から血の気が引いてゆく。彼は闇の向こうへ、つまり死の世界へと行ってしまったのだろうか。
(いや……。もう二度と会えないの? こんな形で彼を失うなんて耐えられない!)
 彼に付きあってもっとゆっくり歩いていれば良かったのか。車の飛んでこない場所で高みの見物を決め込んでいれば良かったのか。彼女が心から恐れていたことが、恐れていたがために現実となってしまったのだとしたら。
 桃香の身体の奥から悲鳴が絞り出される。現状のすべてを否定するかのように。そして彼女は再び気を失った。
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