心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
ブログのプロフィール
〈管理人名〉 O-bake
〈趣味〉 創作とクラシック音楽
〈主な内容〉
創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで
〈お願い〉
時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。
〈連絡先〉
管理人へのメッセージは、こちらのフォームからどうぞ
〈本家ブログ〉
びおら弾きの微妙にズレた日々
(一方通行です)
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前編と後編の間にはさまる間奏曲みたいなものです。
Back to Nowhere2
桃香の状態が思わしくないと聞いたのは、集中治療室を出たその日だった。
ストレッチャーに乗せられて移動する途中、廊下の窓から明るい空が見えて、それはもう真夏の空であり、然也は外でやかましく鳴いているであろうセミの声を思った。
ナースステーション横の個室で、圭介と杏樹が待っていてくれたのだが、然也が病室のベッドに移って落ち着くなり、もうこれ以上黙っていられないとばかりに杏樹が口を開いた。
「姉さんが、目を覚まさないの」
然也はえ? と目を見開く。
「そんなにひどい怪我だったのか」
違う、と杏樹は首を横に振った。
「怪我は全然大したことなくて、検査はしたけど、脳にも神経にも異常はないって。なのに、もう十日も目を覚まさないんだよ。精神的なショックが大きかったせいだろうって主治医の先生は言ってるけど……」
いつも活気の塊みたいな杏樹がやつれて見える。そんな彼女を見守るように圭介がすぐ後ろに立っている。
「事故現場にかけつけた救急隊員の人の話だと、桃香さん、どうも血まみれの然さんを見て気絶しちゃったみたいなんですよ」
「なんてこった!」
然也は頭を抱えたくなった。これじゃ、全然守り切れてないじゃないかと。
「然さんなんか、死にそうな大けがをしたっていうのに、もうぴんぴんしてるし」
杏樹がふくれっ面で言う。
「これのどこが『ぴんぴんしてる』だよ?」
然也は点滴用のチューブとつながった腕を掲げてみせる。左足はギプスで固められているし、そのほかにも生々しい傷跡だらけだ。自力でベッドから下りることさえままならない。ただ、この時ばかりは杏樹の強がりが痛々しくて、それ以上反撃する気になれなかった。すると杏樹にはそれがかえって不安になったようだ。
「姉さん、大丈夫だよね。きっと目を覚ますよね」
「そんなに心配するな。彼女は必ず戻ってくる。そんなに弱い女性(ひと)じゃないことぐらいわかってるだろ」
しかし、杏樹は悲しげに首を横にふる。
「姉さんはいつも優しくてしっかりしてて、だからケンカしても文句言ってもかならず受け止めてもらえるって、ずっと頼りにしてた。だけど、今はすごくもろく見えるの。触ると壊れそうなぐらい。もうなんだか姉さんじゃないみたいで……」
「桃香さんは、もしかすると然さんが死んでしまったと思いこんでるかもしれないんです」
圭介が口をはさんだ。
「だから、何度も何度も姉さんの手を握って、『然さんはちゃんと生きてる』って話しかけるんだけど、でも……」
杏樹の言葉が途切れてしまう。その作業は、彼女にとって楽しいものであるはずがない。
「わかったよ。オレが直接会いに行けばいいんだな」
然也は痛みの走る身体を無理に起こしかけた。本当に起き上がれるわけはなかったが、大人しく横たわっているのも嫌だった。
「然さん!」
「無茶ですって!」
杏樹と圭介が声をそろえて押しとどめた。
「まったく、身体っていうのは厄介なもんだ。時には脱ぎ捨てたくもなる」
「そんなにあわてないで下さいよ」
圭介がなだめるように言う。
「あと2、3日したら動けるようになりますから。それからでも遅くないです。ちゃんと桃香さんは待っててくれますって」
「そんな悠長なことを言ってる場合じゃないだろ」
然也はやりきれなさそうにため息をつく。ついこの間、「君が待っていてくれる限り、きっと戻ってくる」と桃香に告げたことはよく覚えている。しかし皮肉にも、戻ってくれば桃香の心はどこかを彷徨っている。
「せめて、桃香に直接話しかけることができればな……」
「あれ? 然さん?」
然也のつぶやきに鋭い反応を示したのは杏樹だった。
「今、姉さんのこと、何て言った?」
「ほんとだ。いつもの『桃さん』じゃないですね」
圭介も興味深そうにうなずく。
「言われてみればそうだな。何があったんだ、オレ?」
奇妙なことに桃香の姿を思い浮かべるたびに「桃さん」でなく「桃香」と呼びたくなる。事故にあってから意識を取り戻すまでの間に何かあったらしい、というのはぼんやり覚えている。自分の意志でこの世界に戻ってきたことぐらいまでは。しかし、具体的に誰とどんな話をしたかという記憶はすでに飛んでいた。ただ、胸の中に覚悟というか、決意みたいなものが生まれていて、それはもう揺るぎないものだった。「桃香」という呼び方はそこから生まれてきている気がする。
「よくわからないが、今は名前をしっかり呼んでやりたいんだ。それだけさ」
「そうなの……」
杏樹が軽く目を伏せた。すると切なそうな表情と相まって、彼女のやつれ具合が妙に目立つ。下手したら入院患者がまた一人増えるんじゃないだろうかと然也はつい余計な世話を焼きたくなった。
「圭介、ちょっと」
然也は小声で圭介を呼んだ。
「なんです?」
圭介は然也の枕元に寄る。然也がささやいた。
「オレの方はもう心配ないからさ、彼女のこと、ちゃんと支えてやれよ」
「あ、はい。すみません」
圭介は顔を赤くして、頭を下げた。
「ねぇ、何の話? 男同士でひそひそと」
杏樹が軽くむくれたが、二人とも爽やかに笑って「内緒」だと告げた。
その夜中、彼は試しにベッドの上半分を上げてみて、どの程度まで身体を起こせるものか確かめてみた。が、腹筋に力が入らない上、たちまち身体の内部がきしむような激しい痛みが走った。これじゃまだまだ無理だと落胆したところに看護師が飛んできて、ひどく怒られた。どうやら、圭介は悪気がなかったにしてもその場しのぎの嘘を言ったらしい。
桃香にたどりつくまでの距離は近いようで長い。どうしたものかと然也は考える。
桃香の状態が思わしくないと聞いたのは、集中治療室を出たその日だった。
ストレッチャーに乗せられて移動する途中、廊下の窓から明るい空が見えて、それはもう真夏の空であり、然也は外でやかましく鳴いているであろうセミの声を思った。
ナースステーション横の個室で、圭介と杏樹が待っていてくれたのだが、然也が病室のベッドに移って落ち着くなり、もうこれ以上黙っていられないとばかりに杏樹が口を開いた。
「姉さんが、目を覚まさないの」
然也はえ? と目を見開く。
「そんなにひどい怪我だったのか」
違う、と杏樹は首を横に振った。
「怪我は全然大したことなくて、検査はしたけど、脳にも神経にも異常はないって。なのに、もう十日も目を覚まさないんだよ。精神的なショックが大きかったせいだろうって主治医の先生は言ってるけど……」
いつも活気の塊みたいな杏樹がやつれて見える。そんな彼女を見守るように圭介がすぐ後ろに立っている。
「事故現場にかけつけた救急隊員の人の話だと、桃香さん、どうも血まみれの然さんを見て気絶しちゃったみたいなんですよ」
「なんてこった!」
然也は頭を抱えたくなった。これじゃ、全然守り切れてないじゃないかと。
「然さんなんか、死にそうな大けがをしたっていうのに、もうぴんぴんしてるし」
杏樹がふくれっ面で言う。
「これのどこが『ぴんぴんしてる』だよ?」
然也は点滴用のチューブとつながった腕を掲げてみせる。左足はギプスで固められているし、そのほかにも生々しい傷跡だらけだ。自力でベッドから下りることさえままならない。ただ、この時ばかりは杏樹の強がりが痛々しくて、それ以上反撃する気になれなかった。すると杏樹にはそれがかえって不安になったようだ。
「姉さん、大丈夫だよね。きっと目を覚ますよね」
「そんなに心配するな。彼女は必ず戻ってくる。そんなに弱い女性(ひと)じゃないことぐらいわかってるだろ」
しかし、杏樹は悲しげに首を横にふる。
「姉さんはいつも優しくてしっかりしてて、だからケンカしても文句言ってもかならず受け止めてもらえるって、ずっと頼りにしてた。だけど、今はすごくもろく見えるの。触ると壊れそうなぐらい。もうなんだか姉さんじゃないみたいで……」
「桃香さんは、もしかすると然さんが死んでしまったと思いこんでるかもしれないんです」
圭介が口をはさんだ。
「だから、何度も何度も姉さんの手を握って、『然さんはちゃんと生きてる』って話しかけるんだけど、でも……」
杏樹の言葉が途切れてしまう。その作業は、彼女にとって楽しいものであるはずがない。
「わかったよ。オレが直接会いに行けばいいんだな」
然也は痛みの走る身体を無理に起こしかけた。本当に起き上がれるわけはなかったが、大人しく横たわっているのも嫌だった。
「然さん!」
「無茶ですって!」
杏樹と圭介が声をそろえて押しとどめた。
「まったく、身体っていうのは厄介なもんだ。時には脱ぎ捨てたくもなる」
「そんなにあわてないで下さいよ」
圭介がなだめるように言う。
「あと2、3日したら動けるようになりますから。それからでも遅くないです。ちゃんと桃香さんは待っててくれますって」
「そんな悠長なことを言ってる場合じゃないだろ」
然也はやりきれなさそうにため息をつく。ついこの間、「君が待っていてくれる限り、きっと戻ってくる」と桃香に告げたことはよく覚えている。しかし皮肉にも、戻ってくれば桃香の心はどこかを彷徨っている。
「せめて、桃香に直接話しかけることができればな……」
「あれ? 然さん?」
然也のつぶやきに鋭い反応を示したのは杏樹だった。
「今、姉さんのこと、何て言った?」
「ほんとだ。いつもの『桃さん』じゃないですね」
圭介も興味深そうにうなずく。
「言われてみればそうだな。何があったんだ、オレ?」
奇妙なことに桃香の姿を思い浮かべるたびに「桃さん」でなく「桃香」と呼びたくなる。事故にあってから意識を取り戻すまでの間に何かあったらしい、というのはぼんやり覚えている。自分の意志でこの世界に戻ってきたことぐらいまでは。しかし、具体的に誰とどんな話をしたかという記憶はすでに飛んでいた。ただ、胸の中に覚悟というか、決意みたいなものが生まれていて、それはもう揺るぎないものだった。「桃香」という呼び方はそこから生まれてきている気がする。
「よくわからないが、今は名前をしっかり呼んでやりたいんだ。それだけさ」
「そうなの……」
杏樹が軽く目を伏せた。すると切なそうな表情と相まって、彼女のやつれ具合が妙に目立つ。下手したら入院患者がまた一人増えるんじゃないだろうかと然也はつい余計な世話を焼きたくなった。
「圭介、ちょっと」
然也は小声で圭介を呼んだ。
「なんです?」
圭介は然也の枕元に寄る。然也がささやいた。
「オレの方はもう心配ないからさ、彼女のこと、ちゃんと支えてやれよ」
「あ、はい。すみません」
圭介は顔を赤くして、頭を下げた。
「ねぇ、何の話? 男同士でひそひそと」
杏樹が軽くむくれたが、二人とも爽やかに笑って「内緒」だと告げた。
その夜中、彼は試しにベッドの上半分を上げてみて、どの程度まで身体を起こせるものか確かめてみた。が、腹筋に力が入らない上、たちまち身体の内部がきしむような激しい痛みが走った。これじゃまだまだ無理だと落胆したところに看護師が飛んできて、ひどく怒られた。どうやら、圭介は悪気がなかったにしてもその場しのぎの嘘を言ったらしい。
桃香にたどりつくまでの距離は近いようで長い。どうしたものかと然也は考える。
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