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心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
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〈管理人名〉 O-bake

〈趣味〉 創作とクラシック音楽

〈主な内容〉
創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで

〈お願い〉
時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。

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びおら弾きの微妙にズレた日々
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とうとう来るべきものが来たって感じです。
一番核になる部分なので、思いの外長くなりました。それで三分割しました。

ええ、ブログのタイトルはこの小話から引っ張ってきました。
ここはそういう場所なんです。

Back to Nowhere1

(ああ、また馬鹿なことをやっちまったな)
 然也は集中治療室のベッドで横たわる自分の姿を見下ろしながら思っていた。彼の魂はいわゆる幽体離脱の状態で、自分の身体を抜け出し、そのあたりをうついているのだった。遠くまで行けないのは、完全に切り離されていないからだ。
 もし身体が持ちこたえることができなければ、やがて「あちら側」から迎えが来るだろうし、幸運にも回復すれば自然に身体に戻れる。つまり、彼はあの世とこの世の境でふらふらしているのだった。
 しかし、こんな事態になっても、彼は自分のしたことを後悔はしていなかった。理由は簡単だ。桃香を失うくらいなら自分の命を削った方がマシだからだ。だから死ぬ気で彼女を突き飛ばした。そうしたら本当に死にそうな目に遭ってしまい、それが計算違いだったわけだが。
 それにしても酷い怪我だと然也は感心すらする。手術の終わった身体は各種チューブで生命維持装置につながれている。今回は足と腰の骨を折った他に内臓があちこち傷ついているらしい。その前は同じ車にはねられたにしても頭を打ったついでに首の骨を折ったのだった。その前は川で溺れた子どもを助けようとして自分が流された。その前は戦で命を落とし、その前は……。
 身体を離れた今、魂に刻まれた過去の記憶が少しずつ戻って来る。
(つくづくロクな死に方してないな、オレは)
 ただし、それはほとんどが誰かを守ろうとした結果だ。ただ一つ例外があるとするならこの前、車にはねられて命を落とした時だろうか。あれだけは完全な自分の不注意だった。大切なことを伝えようと彼女の所へ急いでいたせいだ。確かあの時はどうにも悔しくて死にきれず、ある「仕事」を任される羽目になったのではなかったか。
 今はどうなのだろう。彼女を守りきることはできたのか。彼が動き回れるのはせいぜい病室の中だ。しかも真夜中で、そばには誰も見当たらない。
(朝まで待てってことか……。まったく!)
 その辺の機械に当たったところで、霊体である彼の身体はすりぬけてしまう。それで彼は余計に不機嫌になった。
 ふと、然也は耳をそばだてた。電子機器の音に混じって、軽やかなワルツのメロディのかけらが通りすぎてゆく。
(結局お迎えなのか?)
 にしては優雅すぎる気がするし、そこはかとない切なさを覚える。そういえば、歌音には最後までワルツを聞かせてやれなかったなと、ほろ苦い後悔が湧いてくる。
 彼はメロディのかけらを追い求め、気づいたら壁をすりぬけ、建物の外に出ていた。
(なんだ、やれば出られるじゃないか)
 西の空には疲れ気味の夏の大三角形がひたとはりつき、東の空が明るみ始めていた。真夜中だと思っていたが、すでに夜明け近い時刻だったらしい。
 向かいの病室の前に見事な桜の木がある。緑の葉を豊かに茂らせているその木の枝に、10歳くらいの女の子が腰掛けていた。彼女がもしも黒い服に見を包んでいれば、それは十中八九あの世からの使いだろうが、彼女はよくあるピンクのパジャマを着ている。しかし入院患者がこんな時間にあんな場所にいるわけがない。首をかしげていると、不意に目が合った。
「然さん! 会いに来たよ」
 女の子の瞳が生き生きと輝く。その瞳には見覚えがありすぎた。
「歌音か!」
「うん」
「そうか……」
 こんな形で再会するとは、喜んでいいのか嘆くべきことなのか。そもそも自分はどんな状況に置かれているのか。一度に大量の疑問と感情が押し寄せ、然也は言葉を見失った。
「然さん?」
 歌音がきょとんと然也を見つめる。
「いったい何しに来た? じゃなくて、その……、何がどうなってるんだか。オレ、死にかけてるはずなんだけど」
「あのね、然さんの答え次第なんだって。だからわたしが来たんだよ」
「オレの……答え?」
 歌音は大きくうなづくと、パジャマのポケットからごそごそとメモを取り出した。
「へへ。難しかったから、書いてもらっちゃった」
「誰に?」
「偉い人」
「偉い人、か……」
 然也は軽くため息をついた。今の彼には、誰が歌音にこの役目を与えたかわかりすぎるほどわかる。それはかつて彼に「魂を回収する仕事」を与えた張本人だ。
「っておい、あれは人じゃないだろ。曲がりなりにも冥界を統べる存在だぞ。数え切れないほどの魂をまとめる存在なんだぞ」
「だって父さんそっくりなんだもの」
 冥界の主は歌音のために、一番親しい男性に似せて人型をとったに違いない。
「それで、然さん。どっちがいい?」
 歌音はメモをちらちら見ながらたどたどしい口調で説明する。
「ひとつは、このままわたしと一緒に偉い人のところへ来ること。そうしたら次に〈現世〉に出て行ったとき、『桃さん』て人にまた会えるんだって。ねえ然さん、〈現世〉って何?」
「オレたちが普通に……つまり生身の身体を持って暮らしているところ、だな。〈この世〉と言った方がわかりやすいか。この間まで歌音がいた世界だよ」
「わかった。じゃ、次ね。もうひとつ選べるのは、今から〈現世〉に戻ること。そうすると、この次に〈現世〉に出て行っても、もう『桃さん』には会えないって」
 このまま死を選べば次の生で桃香に会えるが、今生で彼女にもう一度会おうとするなら、この先二度と彼女とめぐり会うことはないと、それが冥界の主の示した選択肢だった。相変わらず性格の悪い主だ。
「ね、『桃さん』てだれ?」
「前に話したことが無かったか? オカリナを吹く合間とかに」
 歌音はきょとんと首をかしげる。もしかすると一言も桃香の話はしていなかったのかもしれない。そう思うと然也は妙におかしかった。どんなに小さくても女の子は女の子であると、彼の無意識は認識していたに違いない。
「桃さんは……」
 言葉にしようとして、然也は言葉に詰まった。彼女のことを適切に表現できる単語が見つからないのだ。口ごもっていると、歌音は無邪気な笑顔で然也をのぞきこんだ。
「恋人でしょ?」
「なんかこう、ちょっと違うな」
「親友?」
「それも違う」
「愛人?」
「おいおい、そんな言葉をどこで覚えた?」
「わかんない。でも、然さんは桃さんのことが好きなんだよね。きっと、ものすごーく!」
「ああ、いや、その……それはそうだと思うんだが、簡単に一言で片付られるものじゃないんだな」
「あ、然さん照れてる」
「うるさい」
 いつの間にこんなにませたことを言うようになったのかと然也は思ったが、彼女はもうただの幼い女の子ではない。自分と同じく、魂に刻み付けられた過去のいくつかを思い出していることだろう。たとえ今は鳴沢歌音としての記憶が強いとしても。
「あのな、こんな状態だから思い出せるんだけど、オレはこれまで数え切れないぐらい何度も現世と冥界を行き来してきた。現世に行くたび、必ず彼女を探した。っていうのは、彼女はオレがオレであるためにはどうしても必要なパズルピースだし、オレと現世をつなぐ命綱だったりするんだ。なのに、やっと会えたかと思うと、どうしたわけか心がすっかり通じ合う前にオレが事故や何かにまきこまれて冥界に逆戻りしちまう。これまでその繰り返しだ。現に今もそうなりかけてる」
 語りつつ然也はため息をついた。この進歩のなさはなんなんだと。しかし、今は落ち込む時ではない。そんなのは後で一人の時間にいくらでもできる。然也はさらに言葉を継いだ。
「誰かを『好き』だと言うにも、いろんなレベルがあるだろ? 優しくしてくれたから好きだとか、かわいいから好きだとか、自分の宝物をあげてもいいぐらい好きだとか、いろいろ」
「うん。わからないことをちゃんと教えてくれるから好き、ていうのもあるよ」
 歌音はにこっと笑って然也を見上げる。その仕草があまりに愛おしくて然也は思わず彼女の頭をくりっとなでた。彼女をメッセンジャーに起用した冥界の主のセンスは恐ろしいぐらいだ。
 同時に彼は自覚せざるを得なかった。自分を取り巻く人々に対して、表面上は反発しながらも深いところではとても大切に思っていたことを。それをあえて表に出そうとしなかったのはなぜだろう。
――希望が絶望に変わるのを一番恐れているのはあなただわ
 桃香の声が耳の奥にひびく。以前、自然公園の展望台で桃香は然也にそう告げた。歌音のためにオカリナを吹こうかどうしようか迷っていた時の話だ。
 そうか、結局はそういう話になるのかと然也はまた小さくため息をついた。大切に思う人々を失うことをひどく恐れていたがために深い思いを自覚しようとしない。残されるぐらいなら先に逝く。実に都合のいい話ではないか。
「……やっぱり桃さんには敵わないな」
 然也の口からつぶやきがもれた。
「ん? 何て言ったの?」
 歌音がのぞきこむ。
「だからつまりさ、いろんな形がある中で、最強最高に『好き』な相手が桃さんなんだ」
「ふうん、『最強最高』なんだ」
 歌音が繰り返す。「最高最強」と。その瞬間、然也は雷に打たれたようにあることに気がついた。
 あまりに強すぎる思いは、時として一種の呪縛となるのではないか?
 もう一度、然也は過去の記憶を引きずりだしてみる。何度も似たような出会いと別れを繰り返した結果、二人の間に育ったものは何だったのか。互いを求める気持ちが大きくふくらむ一方、離別したときの悲しみはますます深くなり、相手を失うかもしれないという恐れもまた大きくなっていったのではないか。その恐れが次の悲劇につながる。だとすれば自分たちにとって、本当に必要なことは何なのか?
 然也の心は定まった。
「なあ、歌音。まさかとは思うがオカリナ持ってないか?」
「ちゃんとあるよ」
 どうやって用意したのか、歌音はもうひとつのポケットから小ぶりのオカリナを取り出した。
「サイズは小さいが、この方がそれらしい音が出るかもしれないな」
「何か吹いてくれるの?」
 歌音の目がキラリと輝く。
「約束していたワルツだ。好きなだけ踊るといい」
「わーい!」
 然也の奏でる調べに会わせ、歌音は木の枝に乗ったまま、器用にくるくると踊る。
「然さんも一緒に踊ろうよ。ワルツはわたしが歌うよ」
 歌音は然也に手を差し出し、ハミングを始めた。彼はオカリナを下ろすと、その小さな手を取った。すでに身体の心配をしなくていい彼女はとても楽しそうで幸せそうで、見守る然也の心は温かさで一杯になった。
 すると、歌音の姿が急速に薄くなって行く。用事を無事に済ませることができたから、しかるべき場所に戻るのだろう。
「然さん、ありがとう。もう本当になんにも思い残すことがなくなっちゃったよ。またどっかで会えるといいね」
「きっと会えるさ。……ありがとう、歌音」
 然也もまた、急速に意識が身体に引き戻されるのを感じた。これから襲ってくるであろう痛みを思うとうんざりしたが、それでもこの生を生きると決めた以上は、痛みにしても厄介ごとにしてもすべて引き受けなくてはならない。その覚悟はできた。これまでそういうものから逃げてばかりいた。人のために自分を犠牲にした時点で自己満足してしまい、さらに大切な課題があるのに、それから目を背け、何度も中途半端なまま生を終えていた。
 そんな生はもううんざりだし、呪縛は、ほどかなくてはいけない。自分のために、何より彼女のために。
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