心のつぶやきを吐き出す裏ブログです。
ブログのプロフィール
〈管理人名〉 O-bake
〈趣味〉 創作とクラシック音楽
〈主な内容〉
創作に関する覚書
ごくたまに掌編を掲載
テリトリーは童話からYAまで
〈お願い〉
時々、言葉が足りないために意味不明な文章があったり、攻撃的な文章がありますが、ここは毒吐き場なので、どうぞ見過ごしてやってください。
〈連絡先〉
管理人へのメッセージは、こちらのフォームからどうぞ
〈本家ブログ〉
びおら弾きの微妙にズレた日々
(一方通行です)
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びおら弾きの微妙にズレた日々
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アナライズ
最近小話ばかり続いていたので、このへんでしばし休憩。
12月に入ってから、自分的に大きなイベントが二つあった。ひとつは同人誌の合評会。12月は1年の総まとめなので、いつもと趣向を変え、現役作家を呼んで各々の作品について講評してもらう。
もうひとつは、クリスマスコンサート出演。もちろんびおら弾きとして。コンサートの中に楽器紹介コーナーがあり、びおらのソロを聞かせる場面があった。分量的にはほんの数秒のメロディだったが、決して少なくない人数の前で自分の音を披露するのだから、そのプレッシャーはいかに。
面白いことに両方のイベントで同じようなことを指摘されて「へぇー」だった。
それは、受け手、つまり観客や読み手に伝わるよう表現することの重要さ。どんな分野にしても、一定のレベルまで腕を上げたら、人に見せることを意識して技術を磨けるかどうかがプロとアマの違いなんだな。
12月に入ってから、自分的に大きなイベントが二つあった。ひとつは同人誌の合評会。12月は1年の総まとめなので、いつもと趣向を変え、現役作家を呼んで各々の作品について講評してもらう。
もうひとつは、クリスマスコンサート出演。もちろんびおら弾きとして。コンサートの中に楽器紹介コーナーがあり、びおらのソロを聞かせる場面があった。分量的にはほんの数秒のメロディだったが、決して少なくない人数の前で自分の音を披露するのだから、そのプレッシャーはいかに。
面白いことに両方のイベントで同じようなことを指摘されて「へぇー」だった。
それは、受け手、つまり観客や読み手に伝わるよう表現することの重要さ。どんな分野にしても、一定のレベルまで腕を上げたら、人に見せることを意識して技術を磨けるかどうかがプロとアマの違いなんだな。
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ある児童文学会の講演会に行ってきた。この分野では大御所と言って間違いない方の講演。
講演のあとは、実作合評。
なんだかもう、収穫がありすぎるというか、いろんな知識と情報を詰め込みすぎて食傷気味。
でも、最近陥っていた「物語を作りたいのに作れない」状況を打ち破る手がかりがつかめたような気がする。
講演のあとは、実作合評。
なんだかもう、収穫がありすぎるというか、いろんな知識と情報を詰め込みすぎて食傷気味。
でも、最近陥っていた「物語を作りたいのに作れない」状況を打ち破る手がかりがつかめたような気がする。
この間、デイヴィッド・アーモンドの「肩甲骨は翼のなごり」を読んだ。それから数日後、本屋へ行ったら、めずらしく2冊も棚にならんでいて、(普通は海外ものってよほど人気がない限り1冊しか入れてないでしょ)帯には「宮崎駿が面白いと言った本」みたいなキャッチコピーがついていた。へぇー。
それはさておき。(頼むからアニメ化はしないで欲しい/汗)
太古の昔、恐竜が鳥へと進化をとげた(かもしれない)ように、鳥化への道を選択した人類の祖先がいたかもしれない。そして、鳥化した人類を、我々は「天使」と呼んだが、鳥人たちの語彙にはそんな単語は存在しなかった。と、大胆な仮説さえ浮かんできそうな話だった。
同時に思い出したのは、押井守の「天使の卵」の1シーン。私が心底ほれ込んだ、天使の化石が大写しになるところ。
人類の亜種として鳥人がかつて存在し、とうに絶滅してしまったなら。あるいはごくわずかな生き残りが息を潜めて暮らしているとしたら――これって、ファンタジーのネタになりそう。(結局はそこに落ちるかい?)
それはさておき。(頼むからアニメ化はしないで欲しい/汗)
太古の昔、恐竜が鳥へと進化をとげた(かもしれない)ように、鳥化への道を選択した人類の祖先がいたかもしれない。そして、鳥化した人類を、我々は「天使」と呼んだが、鳥人たちの語彙にはそんな単語は存在しなかった。と、大胆な仮説さえ浮かんできそうな話だった。
同時に思い出したのは、押井守の「天使の卵」の1シーン。私が心底ほれ込んだ、天使の化石が大写しになるところ。
人類の亜種として鳥人がかつて存在し、とうに絶滅してしまったなら。あるいはごくわずかな生き残りが息を潜めて暮らしているとしたら――これって、ファンタジーのネタになりそう。(結局はそこに落ちるかい?)
土日のバタバタが過ぎ去り、さあゆっくりPCの前に落ち着くぞ、と思ったのは洗濯が終わるまで。気づいたら、玄関の模様替えからクローゼットの棚ざらえからもう、あちこち穿り返してはいらないものを探し出すという片付け魔になっていた。
近々、近所の中古屋でインテリア・ホビー関係の品が買い取り開始になると知ったせいもあるけど、自分の場合、片付けに没頭するのは一種の逃避行為。しかも子供のころから直らない癖みたいなもの。
ところが、自分がいったい何から逃避しているのかよくわからない。
あまり気乗りしない細かい用事が山積しているせいかな。いや、そうじゃない。大物がどこかに潜んでいるはずなんだけど。(そろそろ長編を書き始めなくちゃ、とかその前に資料本を読まなくては、とか/苦笑)
近々、近所の中古屋でインテリア・ホビー関係の品が買い取り開始になると知ったせいもあるけど、自分の場合、片付けに没頭するのは一種の逃避行為。しかも子供のころから直らない癖みたいなもの。
ところが、自分がいったい何から逃避しているのかよくわからない。
あまり気乗りしない細かい用事が山積しているせいかな。いや、そうじゃない。大物がどこかに潜んでいるはずなんだけど。(そろそろ長編を書き始めなくちゃ、とかその前に資料本を読まなくては、とか/苦笑)